2020-07-31

過去ログ:2006年10月20日〜2006年10月21日

ビクトリア6日目:ようやく部屋が決まりそうです。
2006年10月20日金曜日


 今朝起きると、首を寝違えたようで、かなり痛かったです。 よく考えたら、寝違えたのではなく、昨日の自転車ライドが効いているのかもしれません。 かなりハンドルを前に、低く設定した自転車で、ずっとクロスカントリーなどのときのためのセッティングのままにしてあって、さらにここ数週間はまともに乗っていなかったという状況でいきなり乗ったのが駄目だったのかもしれません。 とりあえず今はだいぶよくなりました。

 今日は、午前11時前くらいにビクトリアを出発し、昨日通ったLochside Trailをずっと北上しました。 今日の目標は空港まで辿り着くこと、そしてどれくらいの時間がかかるのかというデータを収集することでした。 今日は昨日よりも天気が良かったですが、11時の段階ではまだ肌寒かった(11℃ほど)ので、厚めのサイクリングジャージを普通の長袖シャツの上に羽織って走り出しました。 Lochside TrailはビクトリアからLochside Avenueという通りに沿ってSwartz Bayという島の北端のフェリー乗り場まで続いているそうです。 空港はSwartzよりも少しだけ手前にあります。 トレイルをずっと走っていると、途中でカボチャ畑、コーン畑、鶏舎、豚舎、ゴルフ場、湖、池、いくつもの公園、馬、ラジコン飛行機場など、いろんな風景のところを通過します。 路面は固くしまった土か舗装されているのがほとんどなので、とても快適に走行できます。 海に近いので、海抜があまりないところをずっとフラットのまま走っているような感じです。 空港までは1時間10分ほどかかりました。 なるべく汗をかきたくないので、汗が出ないようなペースで走ったつもりです。 それでも少しは汗が出ました。 毎日片道1時間10分はちょっときついかなぁとようやく思い始めました。

 空港についたら、マネージャーの方と少しおしゃべりをして、部屋探しの状況を説明しました。 彼も気遣ってくれているのか、「◯◯には電話したか?」とか、「◯◯新聞は見たか?」などといろいろ聞いてくれます。 ひげをはやした感じのよい方です。 その後、クラブの建物のなかにあるダコタカフェというレストランのマネージャーの方が部屋を持っているという情報を聞いていたので直接話をしにいきました。 話を聞くと、部屋はあるが、12月1日からしか空かないということでした。 そのかわり、カフェの掲示板に「部屋を探してます」というメモを貼ってみたら?という提案をしてくれたので、帰り際に貼らせてもらいました。 その後ラウンジで航空無線を少し聞きながら休憩し、今度は空港があるSidneyの街に向かいました。

 Sidneyは空港から近いので理想的な場所なのですが、定年後のお年寄りやお金持ちの方々が住むコミュニティーらしく、部屋そのものがあまりありません。 あるのはコンドミニアムや家などの売り物件がほとんどで、レンタルはほぼ皆無です。 昨日トレイルであったMikeのアドバイスを元に、近くのコンビニの店員やレストランの方に空き部屋の情報を知らないかを聞いてみましたが、誰も知りませんでした。 お昼ご飯をまだ食べていなかったので、SidneyでFish & Chipsを食べました。 ハリバット(たしかヒラメみたいなやつ)のフライとポテトフライのセットです。 天気が良かったので外で食べましたが、とてもおいしかったです。 その後、午後4時にアパートを2軒見に行く予定があったので、残ったポテトはパックしてもらってショルダーバックに放り込み、また来た道を戻り始めました。

 その帰り道に海沿いを走っていたら、とても綺麗だったので自転車を海を一緒にパシャリと撮ってみました(写真)。 こちらは空も海も青いです。 ちなみに海はどこにいっても同じにおいがします。 なんででしょ?(笑)。 写真の向こう側に見えているのがバンクーバー方面だと思います。

 帰り道も半分をすぎたところで、ロードバイクに乗って本格的な格好をしている3人組に追いつきました。 僕は約束に間に合わないかと思って結構飛ばしていたんですが、ロードバイクよりも早く走っていたようです。 その後、その3人が追いついて来て、自転車に乗りながらおしゃべりをしました。 その3人はカルガリーからわざわざビクトリアまでサイクリングに来たそうです。 なんでもカルガリーはもう寒いし、ビクトリアのほうがいいトレイルがあるからだそう。 その3人のお陰で良いペースのままビクトリアに戻って来れました。 でもお陰で汗だく&息は切れまくりという状態でした(笑)。

 なんとか4時までには間に合い、1軒目のアパートに行きました。 今まで見て来た物件よりははるかに良い物件でした。 でも、ちょっと汚い感じ。 「もう一軒見てから決めます」と告げて、その次の物件に向かいます。 次の物件も1軒目の物件のすぐ近くで、1、2分で着いてしまいました。 なかからひげもじゃの若い男性が出て来て、部屋に案内してくれました。 部屋はベッドルームが2つあるアパートで、1階ですが少し下に下がっている感じの部屋です。 今住んでいる人はカーペンターで、カナダ海軍の船の塗装までやっているそうです。 年は恐らく30歳後半くらい。 週末は旅行などでよく留守にする人だそうです。 いろんな質問をしたり、話をしたりしましたが、なかなか感じがよい人だったので部屋も気に入りました。 とりあえず持っていた60ドルを置いて、部屋をホールドしてもらうことにしました。 明日もう一度他の物件があるかを調べてみて、なにもなければそこに決めようと思います。 その場所は、2ブロックもあるけば高級ホテルが建っていて、さらに数ブロックあるけば入り江があり、徒歩10分ほどでEmpress Hotelや州議事堂が建っている観光スポットエリアに行けます。 ダウンタウンまで歩いて15分ほどで、空港に行くバスに乗るバス停も20分以内の距離です。 これなら良さそうです。 自転車で空港に行くことはとりあえずあきらめますが、こちらのバスには自転車を載せるラックがあるので、それを利用して自転車を持ってスクールまで行くかもしれません。 今日はたまたま停まっていたバスの運転手にお願いしてバイクラックのテストをさせてもらいました。 その写真はPhotoのページにアップしておきますので見てください。 簡単に載せることが出来たのを見ていた運転手は、「さてはお前は高校出てるだろ?」というジョークを飛ばしてきました(笑)。 

 明日は午後12時30分にいよいよメディカルチェックがあります。 恐らくなにも問題はないでしょうが、やっぱり緊張します。 無事に終わることを祈っています。
 
 
(つづく)

====================================

ビクトリア7日目:メディカルチェック
2006年10月21日土曜日



 今朝は久しぶりに早く起床しました。 というのも、今日の12時過ぎにメディカルチェックのアポを入れていたからです。 しかも、今日は初めてスクールまでバスで行くことにしたので、バス停に時間通りに辿り着けるように時間に余裕を持って滞在先を出ました。

 バスはダウンタウンのFairfield St.とBlanshard St.の交差点付近のバス停(Bay 1)から出発します。 VFCがあるエリアに最も近いバス停はOcean at Epcoというところと聞いていたので、そこを目指してバスに乗り込みます。 こちらではバスの乗り換えをするときは、最初にバスに乗車するときにTranfer Ticket(乗り換え券)を運転手からもらいます。 バスのエリアはビクトリア市内がZone 1、ビクトリア市外に出るとZone 2という仕組みになっています。 Zone 1内であればどこまで行っても2ドル(約200円)、Zone 2までまたがって乗車する場合は2ドル75セント(約300円)です。 1ヶ月乗り放題のパス(定期券)は65ドル(約7000円)ですが、日本での定期券の仕組みとは違って、コンビニなどで買う単なる無制限カードのような仕組みみたいで、毎月1日から月末まで有効ということのようです。 ですから、購入する際には日本のように名前を書いたりすることはないみたいです。 今買っても今月いっぱいしか使えないので、来月に入ったら購入しようと思っています。 今は10枚綴りの回数券を使っています(10枚で17ドル50セントと1回乗車分くらいお得)。

 今日初めてバスで空港までいきましたが、感動しました(笑)。 理由は、(1)ほぼ時間通りに運行している、(2)イギリスのような2階建てバスに乗れる(笑、写真)、(3)きれい、(4)運転手がフレンドリー、などがあげられます。 また、自転車をバイクラックに載せることもできますし、自転車を載せても追加料金などはありません。 僕は颯爽と2階の一番前に座って子供のように景色を見ていましたが、どうやら2階の一番前は一番揺れるようです(笑)。 次からは下の階に座ろうかと思います。

 予定通りドクターとのアポの30分前にVFCに到着しました。 ダウンタウンから約1時間の乗車です。 途中、昨日自転車で見たようなのどかな風景や、オーシャンビューが楽しめます。 これなら片道1時間でも大して苦にはなりそうにありません。 車がないから仕方がないといえば仕方ないし。 環境保護にも役立っているということで妥協します(笑)。

 ドクターはエリクソンという先生で、VFCにオフィスを1つ持っているようです。 クラブハウスの2階で診察が始まりました。 

 僕は以前、日本でも第1種航空身体検査を受けたことがありますが、検査内容はほぼ同じでした。 ただ、こちらでは採血はないようです(ほっと一安心!)し、すべての面において簡素化された内容だったように思います。 合理的な検査というほうが合っているでしょうか。 僕は緊張すると血圧が上がる傾向にあり、僕のような人は「白衣症候群」といって、比較的よくいるそうです(たしか10人に1人くらい)。 今日の血圧もやっぱり高かった(涙)ですが、僕は以前に1ヶ月ほど毎日血圧を自分で計測して記録したことがあったので、その記録を見せたらお医者さんも問題ないであろうっと納得されていました。 「多分大丈夫だから心配いらない」と言われて一安心。 いつもは50〜60くらいの安静時の脈拍(回/分)がお医者さんに会うと100回/分くらいまで上がってしまいます。 それに伴って血圧も上がります。 子供の頃の病院での嫌な思い出があったりすることがなにか影響しているのかもしれません。 とりえあずはTransport Canadaがどういうリアクションをするかを待つしかありませんが、とりあえずはClass 3のPilot Medical Certificateは更新できましたので、これでソロでフライトできます。 事業用免許取得に必要なClass 1については来週にでも心電図と聴力の検査を別の場所でして、その結果をエリクソン医師がTransport Canadaに送って申請という形になるようです。 エリクソン医師の話では、なんにも問題がなければ2〜3週間でCertificate(身体証明書)が郵送されてくるようです。 血圧が問題なら、再検査をするように連絡がくるかもしれないそうですが、もしそうならまた相談しなさいと言ってくださったのでとりあえずは気にしないでいいと思います。 この際、血圧を下げる薬だろうが注射だろうがなんでももってきやがれ!という勢いです(笑)。 だって、ここまできて血圧ごときで諦めるわけには行きませんから。

 なにはともあれ、今日はメディカルチェックがあったせいで1日が長く感じられました。 検査の後はまたマネージャーのGerry(ジェリー)さんと話をした後、しばらくクラブのラウンジで航空無線を聞いていました。 僕はPrivate Pilot Licenseは持っていますが、無線で飛び交う会話には分からないものがたくさんあります。 僕にメールをくださる方々のなかには、「英語での航空無線が出来るかどうか心配です」という方がたくさん(というか、ほとんど!)いますが、僕もそのうちの一人です。 でも、無線を理解できない理由は、地名を知らないことが原因であったり、空港独自の扱い方や手順があったりするからだと思います。 数十時間もフライトすれば、少しずつ身に付いていくと思います(4年前の僕がそうでした)。 僕の場合は今から100時間以上もフライトしなければいけないですから、それだけの時間があればマスターするのは可能だと思っています。 実際そうして飛んでいる日本人パイロットはたくさんいることを考えれば、不可能なはずはありません。 結局は努力次第ということになると思います。 いずれ無線を録音してこのサイト上で試聴できるように準備をするつもりです(今はばたばたしていて、自分のことだけで精一杯です!)ので、楽しみにしていてください。

 明日は、昨日見に行ったアパートに行って、ルームメイトになるマークに保証金を払ってきます。 アメリカやカナダのアパートの保証金はだいたいの場合が家賃の半月分です。 日本みたいに20万円も30万円も請求されないので楽です。 その後は、アパート周辺のスーパーなども確認しようと思っています。 早く終われば、久しぶりにジャージを着込んでサイクリングに行こうとも思っています。 こちらには長いトレイルがたくさんあるみたいなので楽しみです。
 
 あ、今日も写真をまた追加しましたので、見てみてください。
 
 ではまた!
 
 
(つづく)
 
====================================

【編集後記】

 今回は二日分アップしました。どちらも結構長いので二日分のみに留めます。ビクトリアのバスは結構便利で、だいたいどこにでもいけます。生徒さんの中にもダウンタウン周辺に住んで空港までバスで通っていた人もいました。車であれば30分未満でダウンタウンから空港までいけますが、バスは便の種類によっては頻繁に停留所に止まるので1時間近くかかるものもあります。それでも、ビクトリアはどこを見ても景色が綺麗なので、あまり飽きることはありません。逆に本を読んだり勉強したりしようとすると運転手の運転スキル(またはバスそのものの機材の弱さ)によってかなり乗り味が悪いこともあり、乗り物酔いする可能性もありますのであまりオススメしません。

 身体検査はビクトリアにいた間はこのエリクソン医師に毎年診てもらっていました。実は個人的にも体に不安な点があったときに助けていただきました。彼、ボクシングのリングドクターをやっていたことがあったり、事業用操縦士資格と多発計器飛行証明まで持っているパイロットでもあります。人柄もよく、僕が教官になったときにはときどき一緒にフライトに出かけました。双発機で計器飛行をしに行ったこともあったりして良い思い出があります。ここしばらくは連絡を取っていないので、また近いうちに連絡しないとなと思っているところです。

 僕がよくメールやフェイスブックの「海外でパイロットになろう」のグループで質問されるのがこの身体検査についてです。「僕は〇〇が悪いんですが、パイロットになれますか?」とか、「矯正視力がマイナス5.0なんですが、検査は通りますか?」とかです。そういう質問には毎回同じような返答をしています。

「僕は医師ではないのでわかりません」

 と。実際に航空身体証明検査を受診すればすぐに結果がわかります。日本国内でもカナダの運輸局(Transport Canada)の認定医がいますので、彼らのクリニックで検査を受診することを勧めています。カナダに渡る前に身体証明書を入手できれば安心して渡航できますし、一人でいろいろと悩むよりも専門医に聞くのが一番です。費用はかかりますが、いずれにせよ払うことになるものですから、安心料と思って支払ってもいいのではないでしょうか。


(つづく)

2020-07-30

過去ログ:2006年10月17日〜2006年10月19日

ビクトリア3日目:スクールに行きました。
2006年10月17日火曜日


 今日は午前中にVictoria Flying Clubに連れて行ってもらいました。 まずはオフィスの方々に紹介してもらい、建物のなかを見せてもらいました。 ビクトリアに来て毎日のように思うのは、人がとても親切で丁寧であることです。 こんなことをいうと偏見と思われるかもしれませんが、カナダ人の多くは同じ北米のアメリカ人よりも親切に感じます。 分からないことは質問をすればなんでも教えてくれるし、外国人で英語が拙くても、しっかり聞こうとしてくれます。 僕がアメリカに留学していたときには話すら聞いてくれず、無視されたりした経験があるので、それとどうしても比べてしまいます。 なにはともあれ、クラブの方は全員親切で感じの良い人々ばかりでした。

 その後はクラブの周りをうろちょろしたり、無線機を借りてタワーと航空機の会話をモニターしたりしました。 幸い天気も持ち直してきたので、青空のもとで日光を浴びながら飛び交う飛行機やヘリコプターを眺めていました。 また、今までメールでお世話になっていたマネージャーの方にも挨拶をし、アパート探しの情報をもらったり、メディカルチェックの予約を次の土曜日にいれてもらったりと、とても有意義な時間を過ごせました。 フライトはアパートが見つかって落ち着き次第開始する、ということにするつもりです。

 午後にはアパートに戻ってきて、ネットや新聞を使ってまた部屋探しです。 何件か電話をして、早速1件目を見にでかけました。 昨日の夜ようやく日本から持ってきたマウンテンバイクを組み立てたので、それで出かけました。 カナダの道では自転車は車の仲間として扱われることが多いようで、ヘルメット着用は義務化されているそうです。 また、歩道ではなくて車道を走らなければいけないようです。 日本にいる感覚で信号無視なんかはもちろんできないので、おっと!っと思うことがありました。 見に行ったのは一軒家の1室で、離婚した男性が家の部屋を持て余しているので貸し出したいとのことでした。 電話のときから「怪しい・・・」という印象を持っていましたが、実際に訪ねてみると、「やっぱり怪しい・・・」と思いました(笑)。 でかい体の中年のおっちゃんで、外国人はあまり好きではないような感じです。 部屋は地下室で、本当に小さい。 なのに、広告にはdeluxeとか書かれてました。 とりあえずまた連絡すると告げて帰りました。 もう彼に会うことはないでしょう(笑)。 明日には午前とお昼から1件ずつ見に行くつもりです。 残念なことに、どちらも電話越しにはとても怪しい男だと思いました(笑)。

 写真はVFCの建物です。 今まではネットでしか見ていなかった建物に実際に入ったことで、ますますカナダに来たという実感がわいてきました。 仕事を辞めてここまで来ちゃって、本当によかったのかな?と不安になることもありますが、ここまで来たらもう後には引けません。 気を引き締めて取り組もうと改めて思いました。
 
 
(つづく)

=================================

ビクトリア4日目:引き続き部屋探し。
2006年10月18日水曜日


 今日も引き続き部屋探しをしました。 昨日、新聞やインターネットで見つけた部屋のオーナーに電話をして、今日は午前中に1件、午後に1件見に行きました。

 1件目はダウンタウンに近いところにある家の1室。 その部屋専用の入り口があると書いてあるので、いったいどんなところかと思いながらバスに乗ってダウンタウンへ。 こちらは日本と違ってすべての道に名前がついていて、家の目立つところに番地が書いてあることがほとんどなので、目的の場所を探すのはとても簡単です。 とはいえ、慣れない場所ですから、なかなか目的地を見つけられないこともあります。 今朝の家はなかなか見つけられなくて、結局道を歩いていたお年寄りに道を聞きました。 んまあ、「知らないわ」と言われましたけど(笑)。 雨が降る中歩き回り、ようやく発見。 家に入るとすぐに男が出てきました。 挨拶をして部屋を見せてもらいましたが、1)ちいさい、2)ドアは取ってつけたような、とても簡素なもの、3)外の道との距離が近すぎる(なかなか説明できませんが・・・)、4)大家が怪しい っということで、却下となりました(笑)。 果たして僕が気にし過ぎなんでしょうか。

 その後は一旦滞在先に戻り、しばらくしてから2軒目へ。 徒歩で30分ほどの距離です。 今日の写真はその2軒目への途中で見つけた紅葉している木とまっすぐの道です。 道に迷いながらもなんとか到着。 1時の予定が1時20分頃に到着しました。 すぐに男性と女性が車から出てきました。 その二人がオーナーだそうです。 部屋を見せてもらいました。 家の中の1室で、5つほど部屋があるので、5人で家をシェアするのだそうです。 こちらでは比較的よくあるアレンジです。 家自体は外見は悪いものの、中は綺麗に改装されていたのでよかったのですが、1)同居人が怪しい(無職のハーレー乗り、近くのスーパーで働く滅多に帰ってこない男など)、2)どことなく寂しいエリア、3)やっぱり大家が怪しい! ということで、とりあえず電話番号だけ聞いて帰ってきました。 なかなか理想的な物件は見つかりません。 やはり予算が低すぎたようです。 なので、明日からは少し予算を引き上げて物件を探すつもりです。 以前働いていた大学の日本語の先生がビクトリア在住のご友人の連絡先をくださったので、今日メールしてみたところ、すぐに返事が来て、その方も周りの同僚などに部屋がないかなどを聞いてくださるとのことでした。 いい人でよかったです。

 ここ最近毎日夜遅くまで部屋探しなどでネットや新聞を見ているので疲れがたまっていたのか、今日は夕方2時間ほど昼寝をしました。 おかげで少し楽になりました。 今夜は早く寝て、明日に備えようと思います。 とはいっても、明日も雨なので、またあんまりどこにも行けないと思います。 雨では自転車に乗る気がしないので困ります。 自然と行動範囲も狭まります。 でもお天道様が相手ではしょうがないですね。
 
ではまた!
 
(つづく) 

=================================

ビクトリア5日目:Lochside Trailへ
2006年10月19日木曜日


 今日は遅くまで寝ていました。 昨日の夜は結局そんなに早く眠ることができなかったせいか、結局今朝は10時過ぎに起床しました。 目覚ましは8時にはかけていたのに、アラームを止めて寝てしまってました。 訓練を始めればこんなことはしていられないと思うので、とりあえずはよしとしておきます。

 今日も引き続き部屋探しです。 天候は曇りで今にも小雨が降ってきそうな天候です。 空港の天候を見てみたところ、フライトできないほど低いところに雲がありました。 今朝は1軒ダウンタウンのバチェラーを見に行きました。 家具がない空っぽの部屋のようだったので、そんなに興味はなかったのですが、とりあえず他に大してすることもないし、見に行ってみようという勢いで行ってきました。 住所をたよりに訪ねると、空っぽの部屋がありました。 バチェラーは日本で言うワンルームのような形で、ドアを開けたらそこがすぐ部屋です。 今回のバチェラーの場合は道路に面していて、道路から4、5メートルのところがドアなので、なんだかプライバシーがないような感じでした。 ですので、中を外から窓越しに覗くだけで、中には入りませんでした。

 その後、ダグラスストリートという大きなストリートを自転車で北上し、Lochside Trailという自転車や歩行者などが利用するトレイルを見つけました(写真)。 ここは車が通らないので安心して走行できます。 自転車ですれ違う人のなかには「おいっす」みたいな感じで挨拶をしてくれる人もいてフレンドリーな雰囲気もまた◯です。 そのトレイルをずっと走っていると、今滞在しているアパートのすぐ近くに出てきました。 どうやら西から東に横断するトレイルだったようです。 その勢いでそのまま空港に続く北上するコースをしばらく走ってみることにしました。 しばらく走って、ストリートに出たところで地図を出して現在地を確認していると、男の人が「どこに行きたいの?」っと話しかけてきました。 「いえ、別にどこにも行くつもりはないですが、空港までの行き方を確認してるんです」っというと、「そうなんだね」という返事が返ってきました。 なかなか感じのよい中年のおっちゃんで、あきらかに体重を気にしてエクササイズしている装いでした(笑)。 いろいろ道のことを教えてくれて、僕が日本から来たことや部屋を探していることを話すと、「それなら、僕の家で部屋を貸し出そうとしているところなんだよ」という話に。 なに〜〜!! っと思いながら話を聞くと、今滞在しているところからすぐのところで自営業をしているんだとか。 数日後に電話をしてきなさいといって電話番号と名前を教えてくれました。 そのあとはそこで別れ、僕は再び北上。 30分ほど自転車に乗ったところで夕方が近づいてきたので引き返すことにしました。 帰り道でまたその男性(マイクさん)と会いました。 今度は彼が以前にLochside Trailで出会ったチベットから来た仏教徒の集団の話に(笑)。 話すは話す、どんどんマイクは話し続けます。 結局20分くらい話をしながらトレイルを一緒に進むことになりました。 その後彼とは別れ、ようやくアパートに戻ってきました。 その後はスーパーに行ってジュースを買ったり、ピザショップでピザのスライスを買ったりしてよるご飯の用意です。 本当は料理がしたいですが、自分のアパートでない場所ではなぜか料理をする気が起きないから不思議です。 部屋が見つかったらばんばん料理をするということで、しばらくは簡単なものですませようと思ってます。

 明日はまた一軒物件を見に行きます。 今度こそ良い部屋だといいのですが。 あとはまたいつものとおり新聞やネットとのにらめっこが続きそうです。 時間があれば一度空港まで自転車で行ってみるかもしれません。 片道約20キロなので、1時間くらいかかると思います。 バスでも行けるように予行練習してみようと思ってます。
 
ではまた!


(つづく)
=================================

【編集後記】

 この3日分の内容はほぼおんなじで面白みがなくてすみません。 ビクトリア到着後に僕がいかに早く住むところを見つけて落ち着きたかったのかがわかります。今でこそネットが発達しているので住むところなんてネット(ローカルの掲示板とグーグルマップ)を使えば実際に見に行かなくても周りの雰囲気はわかりますよね。当時はそんなものなかったし、グーグルマップそのものが存在しなかったため、紙の地図とバスの時刻表をいつもバックパックに入れていた記憶があります。今はスマホ一つで事足りるから便利ですね。 
 
 僕が教官をしていたときには、自分自身の経験に基づくところもあり、日本人の生徒さんで希望される方にはしばらく住めるところを探したりもしました。ホストファミリーのようなところで何人かの生徒さんを続けてお世話してもらったところもあります。なかには気に入らなかったのか、ダウンタウンがよかったのか、途中で引っ越しをしてしまう人もいました。住むところがある程度決まっているのと決まっていないのとでは訓練地到着後の精神的余裕がかなり違うと思います。

 当時の僕はだいぶフレンドリーでいろんな人と話をしていたみたいですね。今は完全に人見知りで知らない人と話をすることはほとんどありませんが(笑)。

 カナダを含め、北米のレンタル事情というのは日本でアパートを借りる感覚で来ていると必ず裏切られると思います。日本のようにこちらでは不動産屋さんがアパートを斡旋するということはあまり普及していません(ないことはないです)。そのため、大家と賃貸者が個人レベルで契約をすることが普通です。経験上、お金さえ入れば誰だっていいという大家もいますし、結構細かくバックグラウンドをチェックする人もいます。当たり外れが大きいです。ビクトリアの場合は日本人滞在者向け掲示板などに日本人に部屋を貸したいという人が広告を出している場合もあります。そういう場合は評判を聞くこともできるし、なにかと便利かもしれません。ただ、空港はダウンタウンではないので、バスや車で通学することになるのがネックです。


(つづく)

2020-07-29

過去ログ:2006年10月13日〜2006年10月17日

飛行機にパラシュート?
2006年10月13日金曜日


 こんにちは。 今日は午前中に市役所に行き、国外への転出手続きをしてきました。 手続き自体は他府県への転出と同じで、転出先住所に「カナダ ビクトリア市とだけ書いてください」と言われました。 あっという間に日本の住民ではなくなってしまいました(笑)。 なんとも不思議な感覚です。 帰国してまた日本の住民になる場合はパスポートを持って市役所に行けば良いとのことでした。 とても簡単でよかったです。

 さて、写真はシラス(Cirrus) SE20という飛行機の写真です。 おとといでしたか、ニューヨークヤンキースの投手がニューヨーク・マンハッタンのビルに衝突したというニュースが流れました。 記事を読んでみたところ、コーリー・ランドルという投手がインストラクターとフライトしていたときに衝突したようです。 彼が乗っていた飛行機が写真のSE20型機で、彼が個人所有していたそうです。 アサヒドットコムの記事の中に、「パラシュートが装備されていて・・・」と書かれていて、「?」っと思ってシラスエアクラフトのウェブサイトをのぞいてみたら、次のようなページがありました:
 
http://www.cirrusdesign.com/aircraft/safety/index.html
 
 このページの左側「Airframe Parachute」をクリックして開くページの右下にある「CAPS Deployment Video」をクリックしてみてください。 実際にパラシュートが開くところがビデオになっています。 乗組員にではなく、飛行機そのものにパラシュートをつけるという大胆な発想力。 すごいです。 パラシュートが開いたら衝撃で首が折れそうですけど(笑)。
 
 インストラクターが同乗していたにもかかわらず衝突したというのはとても痛ましいことです。 どんなことがあったのかわかりませんが、今後の事故調査委員会の報告が待たれます。
 
 さて、今日は市役所に行った他は家で座学の復習をしていました。 リンクにもあるAerotraining.comにある模擬試験をひたすら解いています。 90%以上のスコアで次のレベルに進めるようになっていますが、恐ろしいことにどれも1回ではパスできません!(笑) 1回どころか、3回ほどやらないとパスできないという状況です(涙)。 でも、その度に間違った箇所を復習しながらやっていますので、なかなか楽しいものです。 学生時代に戻ったような感覚です。 違うことは自分は28歳になっていて、今は無職の身であることだけ・・・(笑) カナダの航空法やマニュアルはすべてウェブ上で公開されていますので、とても便利です。 以前はTransport Canadaは印刷したマニュアルや航空法冊子を郵送してくれていました(無料)が、ここ最近はすべてオンライン版に取って代わられました。 どこも資源の節約とコスト削減に躍起になっているようです。 よい動きですね。 あとでLinksのページにそれらの資料へのリンクを張っておきますので、興味がある方はご覧ください。

 ビクトリアは現在8℃だそうです。 なんだか寒そう。 しかも、僕が到着する日は雨の模様です。 晴れ男の僕も、海外では効き目がないようです(笑)

 では、もう少し勉強をつづけます!
 
 
(つづく)

==================================

無事到着。
2006年10月16日月曜日


 っということで、題名のとおり、ようやくビクトリアに到着しました。 実家を出て、まずバスが遅延してヒヤヒヤ。 そしてその後は関空行きのJRが先行の普通列車が遅れたため遅延。 新大阪での乗り換えは本来であれば15分ほどの時間的余裕があったのですが、結局2分で乗り換えるはめに。 その後飛行機に搭乗し、バンクーバー国際空港に到着後は自転車がなかなか出て来ず、それを待っていたがためにImmigration Officeでの入国・学生ビザ(Study Permit)の発行が遅れることに。 Immigration Officeは日本のように迅速に対応や処理をしないので、とてもゆっくり。 後少しでビクトリア行きの乗り換えフライトに間に合わないところでした。 っというふうに、なんだかいろんなことがおきましたが、無事に到着できました。

 ビクトリアはあいにくの雨模様。 バンクーバーからのフライトはたった25分ほどでした。 小さいDash-8と呼ばれるカナダ国産のプロペラ機で4000ftという低い高度を雲をかき分けての飛行でした。 途中、ビクトリア島に入る前に海岸沿いにならんだ水上飛行機が見えたり、ボートやフェリーが見えてとても綺麗な景色でした。 この周辺を自分もフライトするんだろうな〜とぼんやりと思っているとビクトリア国際空港に無事着陸しました。

 空港は滑走路が3本ある国際空港です。 まず目に入ってきたのは、Victoria Flying Clubの大きな格納庫(ハンガー)。 今までVFCのサイトなどではハンガーの写真を見ていましたが、実物を見てややびっくり。 とても大きいんです。 以前のサスカトゥーンとは規模がぜんぜん違います。 そしてそのハンガーの前に整然と並んだクラブ所有機。 あのうちのどれかを自分が操縦するんだろうなと思っていると無事に飛行機はターミナルへ。 タラップを降りて地上階の到着ロビーへ向かいます。

 空港で荷物が出てくるのを待っていると、今回お世話になるインストラクターの方が笑顔で迎えに来てくれました。 なにせ自転車の箱がめちゃでかだったので荷物を車に載せるのにやや難儀しましたが、無事に載せ終え、いざ出発。 空港からインストラクターの方のアパートまでは車で15〜20分ほどの距離。 空港から真南に南下する形で車を走らせます。 ハイウェイは渋滞知らずでスムーズに走行できました。 途中で今までGoogle Mapsやいろんなサイトなどで目にした地名のサインがあり、「本当に着ちゃった・・・」という実感が少しずつ湧いてきました(笑)。 アパートに到着後、荷物を部屋まで運ぶのを手伝ってもらい、一段落したら飛行機やフライトの話、これからのこと、今までメールでは話したことがなかったことなどを話しました。 今までは飛行機のことなどを話す仲間がいなかったので、今話す相手がいることが純粋に楽しく感じます。 ちょうど日本から短期間で訓練を受けにきている同年代の男性も居候しているので、3人で仲良く楽しくやっています。 日本語での会話なので、その点は未だにカナダにいる気がしないですが、とてもよい方々なのでストレスもなく、楽しく最初の一日目を過ごせました。

 ビクトリアは想像していたよりも大きいように感じます。 地図ではコンパクトにまとまっている印象がありましたが、想像以上に大きいです。 「車、要るかも?」っと正直思い出しましたが、まだバスにも乗っていませんし、自転車にも乗っていないので、まずはそちらを試してから考えようと思います。 車を買うとなると大きな出費になるので、できれば買いたくないですが、行動範囲が広がることを考えると北アメリカで生活する以上、生活必需品かもしれません。 でも、まずは車なしでの生活がどんなものかを試してみようと思います。 海外でバスに乗ったことがない僕にとってはバスに乗るだけでもちょっとした冒険ですが、楽しんでやっていこうと思います。 

 明日には携帯電話を買いにいこうと思います。 日本と同じでいろんな携帯会社が参入しているようで、いったいなにがいいのかさっぱりわかりません。 しかも日本の携帯とはいろんな面でシステムが違うので、なにが得なのかがよく分かりません。 なので、明日は携帯ショップにいって、状況を説明して、一番いいプランを選んでもらおうかと思っています。 やっぱり人に聞くのが一番楽じゃないかな〜と(笑)。 あとは、今滞在しているアパートの近くにBC州の免許証を発行してくれるところがあるらしいので、そこにいって、日本の運転免許証に基づいてBC州の免許証を発行してもらおうと思っています。 こちらではいろんなところでIDを提示するよう言われることがありますから、パスポートが唯一のIDではなにかと不便ですし、セキュリティー上もあまり勧められません。 そのため、まずは免許証をとろうと思います。

 携帯電話が手に入れば、いよいよアパート探しが始まります。 Sidneyという市がビクトリア空港にはもっとも近く便利ですが、どうやらあまり安い物件はないようです。 ですから、とりあえず新聞などのclassifiedsを見て、あまりよいものがなければとりあえずは最初の1、2ヶ月はビクトリア市のダウンタウンなどの便利が良いところに住むのもありだと思っています。 日本から友達が来たりしたときのことを考えると、車がないなら不便なところに住むより便利なところに住んだ方がいいかなと思うからです。 今後、車を持つことになったら、それからもっと空港に近いところなどに引っ越してもいいかな〜と考えています。

 そんなこんなで僕のビクトリア生活1日目はあっという間にすぎていきました。 これを書いている今は午前4時52分で、もうすぐ午前5時です(笑)。 時差ぼけに弱い僕には、しばらくは生活のリズムが落ち着かない日々が続きそうです・・・(不安)。

 では、またレポートします!
 
 
(つづく)

==================================

ビクトリア2日目:免許と携帯をゲット。
2006年10月17日火曜日


 昨日の夜は時差ぼけとこれからのことでの不安や興奮からなかなか寝付けず、結局睡眠時間は5時間ほどとなってしまいました。 今朝は朝からパスタとティラミスを食べました。 今日の目標は昨日の書き込みにも書いたとおり、免許をとることと携帯電話を購入することでした。 その目標を達成すべく、9時過ぎに肌寒いビクトリアの街へ向かいました。

 まずはICBCと呼ばれる政府のオフィス(日本の交通局のようなところ)に出向き、日本の免許に基づいてBC(ブリティッシュコロンビア州)の免許証を発行してもらいました。 オフィスに入り、カウンターの受付の女性に、「日本から来たので、日本の運転免許証に基づいてBCの免許を申請したいのですが」と伝えると、「ちょっと待ってください」といって後ろに数分間下がってしまいました。 嫌な予感・・・と思っていたら、数分後にその女性が戻ってきて、「ちょっとだけ確認したかったことがあったので。 お待たせしてごめんなさい」といって早速手続きに入ってくれました。 日本の国際免許証はもとより、英訳した免許証すら不要でした。 日本の免許をそのまんま提示しただけです。 その後女性は世界各国の免許証についての詳細が載っている冊子を見ながら僕の免許証を翻訳してコンピュータに入力し始めました。 その作業を黙って見ていると、「実は私、だいぶ前に日本に住んでいたことがあるの」といいだすじゃあ〜りませんか!(笑)。 よく話を聞くと、静岡の旅館かなにかで手伝いを3ヶ月だけしたとか。 また行きたいけど旦那と子供がいるから・・・ということでした。 とても優しい人で、話をしていてとても気持ちがよかったです。 その後、視力検査と簡単な質疑応答(交通ルールに関する質問)をし、BC独特の交通ルールをいくつかレクチャーしてもらい、顔写真をデジカメでパシャリとやったあとに31ドルの手数料を支払うと、Interim Driver’s License(写真)を発行してくれました。 これで晴れて僕は運転ができます。 でもするつもりは当面ありません(笑)。

 免許をクリアした僕は意気揚々とダウンタウンに向かうことにしました。 その前にドラッグストアでビクトリアの地図を購入し、それを持ってバス停に向かいました。 ビクトリアのバスシステムは一般的な北米のスタンダードから見ると、とても発達しています。 ですが、やっぱり日本ほどではありません。 バスルートも分かりにくいし、そもそもバス停にどんなバスが来るか、どの方面に行くバスがくるのかすらわかりません。 車内ではバス停のアナウンスもありません。 幸い僕は地図とコンパス(方位磁針)を持っていたので、それをたよりにダウンタウン方面にいくバスのバス停を見当で見つけました。 バス停で待っていた女性に、「ここにはダウンタウン行きの6番のバスは来ますか?」と聞くと、「来るわよ」と教えてくれたので安心して待っていました。 そうすると数分でバスが来ました。 緊張しながら乗り込んで、僕の前の女性と同じことをしました。 バスの料金は2ドルで、バスに乗るときに支払います。 前の女性がバスの前ガラスのところにあったゴミ箱のようななかになにかをいれたので、「なるほど。 きっとそこが料金箱だ!」と思って僕も2ドルコインをその箱にいれたら、運転手が「お金はこっち! ゴミ箱にいれちゃだめ!」っと優しく指導してくれました(笑)。 どうやらそのゴミ箱は本当にゴミ箱だったようです(爆笑)。 恥ずかしながらも教えてくれたお礼をいって席に座りました。 15分ほどでダウンタウンに到着。 月曜日ということもあって、人はまばらです。 天気も優れなかったので、閑散とした印象をうけました。 Pandra Streetというところでバスをおり、携帯電話屋さんを探しました。 まず見つけたのがFido(ファイド)。 ここのプランは格安で通話時間無制限などのサービスがあるようだったのでここにするつもりだったのですが、中の店員に話を聞くと、カナダで発行されたクレジットカードがないと契約できないとのこと。 残念に思いつつも、携帯電話がないと部屋探しすらできないので、次の携帯会社を探すことに。 次に見つけたのがRogers。 なんでもファイドを買収した勢いのある会社だとかで、小さい店ながらも店員も愛想がよく、中に入って話を聞きました。 対応してくれたのはインド系の女性。 結局そのままあれよあれよという間にRogersで契約することに。 日本のカードも取り扱ってくれるということで一安心しました。 日本とは契約の仕方がかなり違うので、説明を聞いても分かったような分からなかったような感じでしたが、ポイントは押さえた!と思ったのでそのまま契約しました。 電話は写真のソニーエリクソン製のカメラ付き携帯。 Bluetooth搭載でワイヤレスでマックに写真を飛ばせます。 また、ウォークマン機能もついているようです(使うつもりはありませんが)。 結局3年間契約(途中解約可。 ペナルティーあり。 でも、次の引き継ぎ利用者が見つかれば問題なし)で本体価格もろもろをいれて2万円強になりました。 こっちの携帯電話は高いです。 0円なんてほとんどありません。 んまあ、仕方ないかと思い、それでもデジカメ機能もついているのでよかったな〜と思ってそのままダウンタウンの観光に。 その後携帯を触っていると、1)十字カーソルの右キーが動かないこと、2)フランス語とスペイン語のマニュアルはあるが、英語のマニュアルがないこと、に気がつき、お店に戻ってまた新しい機種に交換してもらうはめに。 さらには、今日部屋に帰ってくると、英語のマニュアルがまたもや入っていないことに気づきました(涙)。 すぐにお店に電話をしたら、マニュアルはとっておいてくれるということだったので、明日以降にまたとりにいこうと思います。

 一人での観光もあまりつまらないので、ささっと回る程度にしておきました。 友達が来たときなどに本気で観光すればいいと思ったからです。 その後滞在先のアパートに戻ろうとしましたが、帰りのバスルートが分かりません。 というか、どこにバスがくるのかがわかりません。 いろいろ回りながら、街中を走るバスのすべてに目を向けていると、ようやくバス停がわかりました。 無事にバスに乗って帰ってくることができました。

 以上が今日の主な出来事です。 いろいろ慣れない土地は大変ですが、少しずつクリアしていっている状況です。 明日は新聞やインターネットに広告が出ていた物件を2、3回る予定にしています。 そのために日本から持ってきたマウンテンバイクを組み立てました。 本当はスポーツ用なので、町中では使いたくないし、盗難が心配なのですが、とりあえずはどこにも停めないつもりで乗ることにしました。 こちらでは家のなかやお店の中にまで自転車を平気な顔をして持ち込むことができるので、日本のように外にしかおけないということはありません。 なので少し安心だと思います。

 っということで、明日も忙しくなりそうなので、今日もそろそろ寝ることにします。 今、午前0時29分です。
 
 
(つづく)
==================================

【編集後記】

 日本を出国する前に役所で手続きをしていたのはぼんやりと覚えていますが、実際になにをしたかまでは覚えていませんでした。あれ以来、一度も帰国の手続きをしていないので、ずっと非居住者扱いのままです。海外生活者の中には一時帰国した際に歯医者などにかかりたいために一時的に居住者扱いにして、医者通いをすべて終えた後にまた非居住者にして出国する人もいるようです。日本の医療費は負担額が安いですし、母国語で医者にかかれるのは確かに魅力的です。でも、保険費などは払っていないので、個人的には倫理的にどうなのかなとも思います。

 ビクトリアに初めて来た日の飛行機からの眺めは今でもはっきりと覚えています。僕はもともと方向感覚は良いほうなので、飛行機が離陸したときから方向をなんとなく頭の中で描き、頭の中の地図に照らし合わせて位置を確認していたのですが、ほんの10数分のフライトの間にあっという間に方向感覚を失いました。今考えれば北からのアプローチで、短い方の滑走路の一本に降りたように思います。このときの飛行機が僕がエアラインパイロットとして初めて常務したダッシュ8でした。古いけど操縦しやすい飛行機で楽しい思い出がたくさんあります。

 ビクトリア到着後すぐにいろいろ動き回っていたんだったなあと懐かしく思います。この時点で時差ボケに弱いということを自覚していたようですが、大型機で長距離路線を飛ばし始めたころはそんなことすっかり忘れていまして、結果、やっぱり時差ボケに悩まされ続けました。もっと早く自分のブログを見直して、時差ボケしない機材に乗れるように努力すべきでした(笑)。

 



(つづく)

2020-07-28

過去ログ:2006年10月9日〜2006年10月12日

出発まであと6日。
2006年10月9日(月曜日)


 
 タイトルのとおり、出発まであと6日となりました。 出発の準備はほとんど終わりました。 明日、箱に入ったマウンテンバイクと服がてんこもりに詰まったバックパックを宅急便で空港に送る予定です。 それが終わると、あとは15日に出発するのみとなります。

 今日は実家福井での最後のサイクリングに出かけました。 昨日までは雨が数日続いていましたが、今日は見事な秋晴れでした。 実家を出発し、三国の海岸、東尋坊(写真)、海沿いを走って芦原温泉、福井空港を巡る約60kmをゆっくりとしたペースで走りました。 途中で前側の変速機が壊れるというアクシデントもありましたが、風もなく、気温も適度に暖かかったので楽しく走れました。 明日には自転車関連のグッズ(ヘルメットやジャージなど)を空港に送る自転車の箱に入れてしまうので、今日が最後のサイクリングでした。

 福井空港は昔はプロペラ機の定期便が飛んでくる地方空港でしたが、今では地元住民との騒音問題などのため定期便はありません。 今はプライベートで飛んでいる人や、大学のグライダー部、県警のヘリコプターが飛んでくる程度です。 今日は滑走路の脇の田んぼ道で休憩をしていたら、遠くからヘリコプターが飛んできました。 「ラッキー!」と思って着陸の様子を眺めていました。 そしてその後、セスナ150と思われる小型機がタッチアンドゴー(離陸と着陸を繰り返す訓練)を始めました。 これまたラッキーと思って、着陸を2回ほど観察したあと、家に帰りました。 セスナ150は僕がカナダで飛ばしていた機体で、今回の訓練でも飛ばす予定の飛行機にとても近いため、特別な思いで眺めていました。 福井はのどかですから、きっと福井の上をフライトするのは楽しいだろうな〜って思いました。 About this siteのページにも書いてあるとおり、日本ではフライトするのはとてもお金がかかります。 カナダでは1時間1万円ほどでフライトできますが、日本では3〜5万円もするようです。 ですから、今日福井空港で飛んでいた人は地元のお医者さんか弁護士さんかもしれません(笑)。
 
 明日は家の用事をこなしたり、郵便局にいったり、ペリカン便を呼んだりと、またばたばたしそうです。 教則本の復習も一応終わりましたので、明日からはリンクにもあるAerotraining.comのページの模擬試験でもやりながら、法規についての見直しをしようかな〜っと思っています。
 
 ではまた!
 
(つづく)

===============================

関空に荷物を送ります。
2006年10月10日火曜日


 今日も朝からばたばたしていました。 パッキングはほとんど終わりました。 今日は家の用事で電気屋さんやらホームセンターやらに行ってきました。 出国前にはいろいろ家の用事をやらされるもんです(笑)。 あとは、薬局で風邪薬と胃薬、歯ブラシなどを購入してきました。 これで忘れ物は多分ないと思います。
 
 パッキングをしながら、「あ、そういえば、イギリスのテロ未遂の影響があるかな?」って突然思いました。 液体は機内持ち込みができないというのはテレビなどを通して知っていましたが、コンタクトの保存液は? 使い捨てコンタクトの中にも液体が入ってるぞ?っと思い出してきりがありませんでした。 そこでエアカナダのウェブサイトをチェック。 やっぱりいろいろ細かい制限があるようです。 Transport Canada (カナダ運輸局)のウェブサイトにもばっちりトップページに説明が載っています。(www.tc.gc.ca参照) 
 
 僕は以前、カナダから帰国する際、それまでバックパックに入れていた大切な小型ナイフのキーホルダーを取り出し、ポケットに入れたままセキュリティーチェックを通ろうとしました。 案の定見つかって(というか、僕はまったく意識してませんでした)、没収されました。 チェックイン荷物の中にいれてもよいといわれましたが、セキュリティーゲートを通過している段階で航空会社のカウンターに戻って列に並び直す時間なんてありません。 なくなく手放したのを覚えてます(涙)。 今回はそういうことがないように、注意してパッキングしました。

 写真は今日佐川急便で空港に送るバックパックと自転車が入った段ボールです。 自転車は横140センチの段ボール箱に梱包してあり、約25キロあります。 バックパックは写真では小さく見えますが、担ぐと上部は僕の頭を超えます。 重さも10キロ以上はあるように思います。 空港に送るのには自転車で5000円近く、バックパックで2000円ほどかかるようです。 高いですが、空港まで電車で行く僕にはこれらを運ぶ術はないし、運ぶ気力もありません(笑)。 んまあ、仕方ないかと。 自転車はエアカナダに預ける際にはさらに50ドルが特別料金としてかかるようです。 本当に手間がかかります。 いっそのこと日本においていこうかとも思いましたが、それもできないし・・・ 手間がかかる子ほどかわいいっていうところでしょうか(笑)。 あとはカナダについてからの一時的に滞在するインストラクターのアパートまで運べるかどうかが心配です。 最悪の場合、空港からアパートまで乗っていくつもりです(笑)。 

 明日は携帯電話を解約に行こうかと思っています。 おそらくぎりぎりまで使えるように、出発日当日に解約されるように手続きをしてもらうつもりです。 でも、ここ最近携帯へのメールや電話が格段に少なくなりました。 さみしいような、仕方ないような・・・ 僕の携帯をご存知の皆さん、14日以降は使えなくなると思いますのでよろしくお願いします。

 ではまた。
 
(つづく)

===============================

4年前の記憶をたどりながら
2006年10月12日木曜日




 写真はFrom The Ground Upという教則本とAeronautical Information Manual(通称AIM<エーアイエム>)です。 ここ最近は4年前の記憶をたどりながら、毎日復習をしています。 人間の記憶力なんて本当にあてになりません。 覚えやすいこととか、記憶に残ること、あとは実際に自分で体験したことなどは4年経った今でもはっきり覚えています。 でも、その他のことはさっぱり覚えていません(汗)。 直筆で教則本に書いたメモ書きですら、「この字、自分の字か?」って思う始末です(涙)。 

 From The Ground Upはとても分かりやすい教則本で僕は好きですが、なにせ字が細かい! しかも、ページ数が多い!(350ページほどあります)。 なかには英語で書かれているがために分かりにくい表現などもありますので、なかなか大変です。 教則本にもいろいろあるようで、以前、アメリカ人の教授の奥さん(パイロット)に貸してもらった教則本はアメリカで印刷された本で、至る所にユーモアが盛り込まれていました。 おもしろおかしく学ぶというスタイルだったんです。 僕はどちらかというとまじめな方が好きだったので、その本は結局ほとんど読むことがないまま返しちゃいました。 どんな本であっても、基本は同じですから、好きな教科書で勉強すればいいと思います。

 今日は復習の他に、市の中心部にある三井住友銀行で英文残高証明書を作ってきました。 っというのも、カナダ大使館のウェブサイトを見ていたら、入国の際に往復航空券の有無がチェックされるとのことで、もし片道航空券しかもっていない場合は帰りのチケットを買う財源の証明が必要だと書いてあったんです。 あとでよく読み返したら、実はそれは長期滞在者向けではなくて、短期滞在の旅行者向けの情報だったんですけどね(笑)。 なにはともあれ、残高証明書は持っていて損はないと思ったので、早速口座を開設し、他の銀行口座からお金をどっか〜んと振込み、それに基づいた残高証明書を作成してもらいました。 申込書を書いているときに、「職業」のところに9月中旬まで勤務していた大学の名前を書くと、カウンターの受付の女性が、「◯◯◯◯◯大学って、Hキャンパスですか?」って突然言われました! 驚きながらも、「いえ、Nキャンパスで勤務してたんですけど」って答えました。 後で話を聞くと、その女の子は僕が勤務していた大学を数年前に卒業した卒業生だったんです! まさか地元で元学生に会うとは全く思っていなかったのでびっくりしました。 同じようなことがイタリアのミラノでもありました・・・ 詳しいことはまたいつか、機会があるときに書こうと思います。 なにはともあれ、丁寧に対応してもらって無事に残高証明書をゲットし、ついでにトラベラーズチェックも購入しましたので、お金の面の準備はこれでばっちりだと思います。

 荷物も無事に関空に向けて発送しましたし、カナダに向けて送ったEMS郵便も一足お先にバンクーバーに到着しているようです。 あとは引き続き復習をして、メンタル面の準備もしていこうと思います。 
 
 
(つづく)

==========================

【編集後記】
 今日から過去ログ(2006年〜)を早速アップロードしていきます。14年前に自分が書いた文章を、実際にパイロットになれた後にこうやって読み返すのはなんだか気恥ずかしいというか、むず痒いというか、なんだか不思議な気持ちです。文章の書き方は基本的に今と変わっていませんね(今回はまったく手を加えていません)。そりゃそうです、日本を離れたときから基本的には日本語能力が向上するようなことは特段なにもしていませんので(笑)。書いていることがなんだか青臭かったり、未熟で無知な感じもしますが、それでもなんとかここまで生き延びています!

 日本を出た時は写真の通り自転車とバックパック一つでした。自転車の箱には自転車以外にも自転車メンテ用道具やら空気入れやらその他もろもろを打ち込みましたので重くなりました。このとき持ってきた自転車は残念ながら数年前にこちらで売却してしまって今は手元にありません。大阪のタケウチというサイクルセンターでメンテしてもらっていたのですが、そこのおっちゃんおばちゃんには優しくしてもらいました。おっちゃんの腕は凄まじく、購入してから売却するまでほぼメンテフリーでした。日本の職人技はすごいです。話を戻しますが、僕はそもそもハングリー精神が強いのかもしれません。子供の頃に父親を亡くし、母に育ててもらいました。父親がいないことがハンデやデメリットと思われたくなく頑張ってきたつもりです。その気持ちがあったからここまで頑張れてこれたのかもしれません。もちろん、お金がある人や裕福な家庭で育ったと思われる人がカナダに飛行訓練に来たりすると羨ましくも思いました。僕は自転車でえっちらおっちらやっているのに、ビクトリアに来てすぐにほぼ新車の車を買っている子もいましたっけ。羨ましい気持ちはありましたが、僕のように後がないくらい切迫した状態でなにかに挑戦することは人生に一度や二度はあっても良いと思います。

 セスナ機を見つけて気持ちがアガるのは今も変わっていませんから、やっぱり飛行機がもともと好きなんでしょうね。仕事として飛び始めると、飛ぶこと以外のところ(待遇やスケジュールなど)に目がいってしまいがちで、他の人と比べたりもするものです。僕は弱い人間ですから。こうやって初心に戻って、セスナ機のエンジン音に心躍らせる純粋な気持ちを取り戻せるよう努力しないといけませんね。


(つづく)

2020-07-27

【お知らせ】過去ログ(2006年10月〜2007年5月分)追加アップロードについて。

 このブログを始めたのは2006年。日本を出る前の段階から書き始めました。その当時の上司の方から頂いたお餞別を利用させて頂いてドメインネーム(youhavecontrol.net)を取得し、そのウェブサイト上で日記として毎日ブログを更新していました。ドメインはその後更新を辞め、そのタイミングで今使っているBlogger(本サイト)に移行しました。

 このサイトの過去ログは右のサイドバーからアクセスできますが、ご覧いただけるとおり最も古いログは2007年6月に投稿した書き込みとなります。ですが、上記のとおり、実際にはこれよりも前にブログは開始していました。2006年10月頃から2007年5月分までがこれまでは見れない形になっていました。

 僕のブログを読んでくださる方々の中にはコアな方々もいらっしゃって、「Bloggerにある投稿は全部読んだのですが、それ以前の分はどこで読めますか?」と問い合わせをくださる方が時々いらっしゃいます。今日もそういう方からのメールをいただきました。うれしいです。

 今までは忘れていたのですが、古い外付けHDDにその当時のログをバックアップしていたことを思い出しました。今朝確認したところ、ちゃんと記事が残っていました。今までこれのことをすっかり忘れていたので、ちょっと嬉しい発見です。ということで、これからしばらく、自分自身のルーツを再確認する意味も込めて過去ログを再アップロードし、僕が2006年に日本を出てから今日までの記録を完結させようと思います。

 パイロット系ブログやSNSユーザーの中でもこれほど長期に渡ってだらだらと書き綴ってきたのは僕のブログぐらいではないでしょうか(えっへん)。

 お断りしておきますが、文章は今と変わらず幼稚で、内容も本当に日記程度です。なにか皆さんに有益な情報を提供できるかどうかはさっぱりわかりません。それでも興味があれば読んでいただければと思います。なお、写真も当時のものを利用しますので画質が荒いです(画質調整なども特にしていません)。誤字脱字などもそのまま載せようと思いますが、編集後記として、当時わからなかったことや、今考えれば情報が間違っていたり、もっと正確な情報がある場合には追記しようと思います。

 それではお楽しみに。



(つづく)

2020-07-26

コロナ禍から学ぶリスクマネジメント。


最近どなたかがフェイスブックで引用していたことばに、


大切なのはトラブルをすべて回避しようとすることよりも、トラブルが起きたら対処できる能力を身につけることである


みたいなことが書かれていました。 あ〜、なるほどなぁ〜と思いました。 


だいたい誰でもトラブルは起きて欲しくないからいろいろ考え、トラブルに見舞われないようにする方法を考えると思います。一方、あまり深く考えてしまうと行動に移すことができなくなり、「なにもしないことがもっとも安全」という後ろ向きの結論に至ることもあるように思います。


SNSやインターネットでパイロットになる方法を探している人で僕に直接メッセージをくれる方々の中にはなるべくトラブルに遭わない最善の方法を模索する人が多い印象です。どうすればなるべく早くパイロットになれるか、仕事に辿り着けるかなど、いかに壁に打ち当たらないようにするかに注力する方が多いです。


でも、今回のコロナウイルスが航空業界やパイロット採用に及ぼした影響を見ても分かるとおり、いくらトラブル回避の準備を前もってやったところですべてが予定通り行くことはないかもしれません。そうであれば、トラブルを全回避する努力をよりも、パイロットになる過程で起こり得るトラブルの対処法を考えた方が良い場合もあると思います。


国内航空会社のいくつかのように自社養成パイロットの採用が見送りになった場合、他になにか仕事ができる資格や能力、経験があると強いなぁと今回のコロナで痛感しているところです。万が一、体調不良でパイロットの仕事ができなくなった場合でも他職種であれば引き続き収入を得ることができるのも安心です。実際、僕の会社のレイオフされたパイロットのなかには園芸会社で働き始めたり、車のディーラーで車のセールスを始めた人もいるようです。


それじゃ、なにをバックアッププランとしての能力や経験として身に付けるか。それは今の僕が日々考えていることでもあるのですが、これを今から(40代)から探し始めるのはなかなか至難の技です。できないことはもちろんありませんが、フットワークが20代と比べると衰えていますし、変なプライドも邪魔をすることもあります。そもそもこの歳になると人格形成が良くも悪くも概ね終了している感があり、今からいろんな経験をしよう!という気持ちにはなかなかなれません。だからこそ、20代最初の多感な頃までにいろいろな経験をしておくと良いと思うのです。だって今からプログラミングを始めようとなって思えませんもん(笑)。


僕は倹約家の親に育ててもらったこともあってか、昔からお金の使い方には慎重な方だったように思います。パイロット訓練を受ける前に必要な費用を全額貯金してから行動に移したのもお金で困りたく無かったし、「借金はリスク」と捉えていたからです。それは間違いではなかったと今でも思っていますが、仮に借金をして4年早く訓練を始めていたら、今の会社でのセニオリティも4年分上がっていたかもしれません。4年分のセニオリティは海外エアラインでは生活の質やお給料に大きな影響を及ぼします。時間はお金をいくら出しても買えないわけで、セニオリティも買うことはできません(とはいえ、4年早く今の会社に採用されていた保証はどこにもないのですが)。


例を挙げると、僕は高校生の時に独学でギターの弾き方を学びました。ひたすらビデオテープやカセットテープに録音した音楽を耳コピして同じように弾けるようになるまで練習しました。これが実は今の英語力に影響しているのでは?と最近思うようになりました。音を聞いて真似る。まさに英語の勉強と同じようなプロセスです。発音が良くなるための近道はネイティブスピーカーの発音を真似ること。最近取り組んでいるフランス語の勉強でもこの能力が生かされているように感じます。


つまり、なにが将来役立つかは、若い頃にはわからないんですよね。だから、なるべくいろんなことを経験しておくと良いと思います。例えそれが何の役にも立ちそうでなくても。


じゃあ、どうやっていろんなことに挑戦するか。それはおそらく友達や知人を増やすことが近道だと思います。友達が増えれば、その中にはロッククライミングが趣味な人がいるかもしれないし、歌舞伎鑑賞が好きな人もいるかもしれない。自分では進んでやらないことでも友達に勧められればやってみようかという気持ちになる。そしてそれがあなたに様々な経験をさせてくれる可能性がある。そう思って友達付き合いをするのも良いと思います。実際、僕のギターはまさにそんな感じで友人の影響でした。


ということで、若いうちは色々やった方がいいです。やることは何だっていいんです。やらないよりはやった方がいい。親御さんは可能な限り応援してあげてください。




暑さが心地よい日が続いています。日本ほど湿度が高くないため、過ごしやすいです。コロナさえなければ良い夏といえるところなんですが、残念ながらそんな気持ちにはなれませんね。



(つづく)

2020-07-19

マッチョはマスクなんかしない。

 今日からモントリオールを含むケベック州全域で屋内施設に入る際にはマスクの着用が義務化されました。今までは公共交通機関を利用する際のみ義務化されていましたが、これからはレストラン、バー、スーパーマーケットなど、どんな種類の商業施設であっても屋根がある場所に入る場合にはマスクが必須となります。この制度の興味深いところは、もし利用者がマスクをしない場合、利用者本人に違反切符が切られるのではなく、その施設の運営側が罰金を課せられる仕組みとなっているところです。つまり、政府がマスク着用義務履行を監視徹底するのではなく、事業主に顧客を監させるとしたのです。これには賛否両論あるようですが、個人的にはこっちのほうがよいと思っています。なぜならお金が絡むと経営者は目の色が変わりますから、その性質を逆手にとった面白い制度だと思っています。 

トロント北部の町ではマスクをせずに商店を利用していた人に他の利用者がマスク装用を促したところ口論となり、死亡者が出る事件まで起きました。日本でもバス内で同様の事件が起きていますね。マスクをするのをなぜそこまで嫌がるのか。僕を含むアジア人はマスク装用に抵抗がありませんから疑問も持たないし、なんの違和感もないはずですが、そもそもマスクをする文化がない国の人々(例えば北米)は日本人の我々には理解のできないほどの違和感を持つようです。

友人が教えてくれたウェブ記事によれば、マスクをしないのは特にマッチョ精神を信じている男性に多いようです。マスクをする=弱々しい、といったイメージを持っているとか。男は黙って筋トレという文化で育った北米人男性達には道具を使って身を守るというのはどうしても解せないようです。そういう人に限って「マスクには有効性なし」「ウイルスはマスクのフィルターを簡単に通過する」「マスクをしていてもウイルス感染を100%防ぐことはできない」などの御託を並べて頑なにマスク装用を拒みます。実際、「マスクはしない」というプラカードや横断幕を持ってデモ活動をする動きまでカナダ国内でも起き始めています。アメリカのとある州ではマスク装用義務化を違憲と判断する州まで出てきています。

マスクをすればウイルス蔓延拡大を防げなくてもスローダウンさせることはできると思いますが、そういうことにも協力できない人々が世界中に確実に存在するということが今回のことでよく分かりました。こんな調子ですから、これからも長期間に渡ってウイルスとの闘いは続いていくと思います。

僕の最後のフライトからそろそろ4ヶ月ほどが経とうとしています。考えてみれば、2006年に飛行訓練を始めてから今日に至るまででこんなに長い間フライトしなかったことは一度もありません。我が社の経営陣も次から次へといろいろな策を講じています。カナダ政府は日本と違って、入国の際にPCR検査を義務化していません。その代わり、カナダ国民、永住者やその近親者以外の入国は認めないという姿勢です。そのため、我が社では独自に科学的根拠に基づいて検査をする仕組みを確立して政府に迫っていこうとしているように見受けられます。航空会社レベルでそのようなことをやってもあまり意味はなく、時間とお金の無駄のようにも思いますが、これが政府レベルに問いかけるきっかけになれば良いのではないかと思います。PCRを義務化することで旅行者には無言のプレッシャーをかけることができます。自国を出る段階で健康面に不安がある人は旅行先の国で最悪の場合隔離されたり強制送還されるリスクを冒してまで旅行に行こうとはしないでしょう。また、旅行予定者は旅行前に自国内で検査を受けてから海外旅行に行こうと考えるかもしれませんから、それが間接的に検査数を増やし、陽性者を早期発見することにも繋がります。よいアイデアだと思うんですけどね。ちなみに蔓延が収まらないアメリカとカナダの国境は閉じられたまま。最近になって少なくとも8月後半までは封鎖は解かれないということになりました。今の流れを見る限り、個人的には国境封鎖はさらに長引くことになると思います。
オールドポートで見る夜明け。

ここ最近雨が降る日もあります。

雨の中犬を散歩する人。犬用カッパが似合ってます。



(つづく)




2020-07-13

趣味 or 仕事。

 コロナによる外出規制が始まった頃に趣味として写真撮影を始めたというのは以前書いたとおりです。 今でもその熱は覚めず、ほぼ毎日カメラを持って外に出ています。 そもそも散歩が好きで、携帯のカメラでパシャパシャよく撮っていたというのもあり、今も特に以前と違ったことをしているという意識はありません。


 カメラというのは面白いです。 写真が趣味という人の中にはいろんな種類の人がいるようです。 カメラという機械がそもそも好きな人。 アート好きな人。 記録を残したい人。 人が好きで人物撮影が好きな人など。 カメラはそもそも身近なものですし、誰でも持っているスマホで写真はいくらでも撮れます。 でも、一度本格的なカメラを持つと、携帯のカメラで写真を撮ろうという気持ちには僕はなりません。 携帯のカメラの画質は一眼ミラーレスカメラのそれとは雲泥の差があるからです。 今ではAIなどを駆使したカメラが内蔵されたスマホもありますが、やはり写真を撮るために作られたカメラの吐き出す画像にはもう一歩かなわない印象です。 スマホのカメラと一眼カメラの性能の差は毎年少しずつ小さくなりつつあるのは間違いないとは思います。


 この、「写真を撮る」という行為はなかなか面白く、パイロットの道にも共通するものが多いなぁと感じています。 カメラは誰でも始められるし、持っている機材によってはプロの写真のような解像度の画を作ることがいとも簡単にできてしまいます。 でも、それをプロの域に昇華させるのは非常に難しい世界のようです。 そもそもアートというのは人には理解されるのに時間がかかったり、最悪の場合には理解させされない可能性すらある分野です。 これは北米でのパイロット訓練に似ているところがあります。 お金さえあれば誰でも飛行訓練を始められる。 でも、それを生業にするのは非常に難しいのです。 運や能力も必要ですし、タイミングも大事でしょう。 写真というのは最近ではYoutubeなどの動画に押され気味のメディアですので、カメラマンや写真家、フォトグラファーといった職業はこれから需要が減っていくであろう職種です。 パイロットも同様に今後は自動操縦やAIなどがパイロットのポジションに取って代わることも十分考えられます。 こういう分野で活躍しようと思うものはある程度覚悟を持って進んでいく必要がありますね。


 お金儲けをしようと思えばパイロットもカメラマンも大変な分野かもしれませんが、あくまでも趣味で楽しむ分にはとても奥の深い趣味になり得ます。 趣味で写真撮影をしても良いし、趣味で飛行機の操縦をしてもよい。 どちらも人生を豊かにしてくれるのは間違いないと思います。 ただし、どちらも気をつけなければいけないのはとてもお金のかかる趣味であることでしょうか(笑)。 でも、趣味はそもそもお金をかけるためのものですよね。  今回のコロナの影響でパイロットの道を諦めざるを得ない人々も少なからずいるはずです。 そんな人でも一度でもパイロットになることを夢見たのであれば、どういう形であってもよいのでいつかは空を飛んでもらいたいと思います。 趣味だっていいじゃないですか。 エアラインパイロットだけがパイロットではありません。 僕がプロじゃなかったら、グライダーとかでのんびりと静かなフライトを楽しみたいかなと思います。 グライダーであれば比較的安価に日本国内でも楽しめるようですし。 どうしてもこうでなければならないという凝り固まった考え方よりも、柔軟に考えて人生を有意義にしたほうがいいですよね。 


 え〜っと、なんでカメラの話からこんな話になったんでしょう?(笑)




(つづく)

 

2020-07-01

金で動く社会。

 ヨーロッパでは国境封鎖解除の動きが見えてきました。 EUは日本やカナダを含めた12カ国からの入国を許可することになりました。 残念ながら日本と同様カナダは今日現在(6月30日)海外に出ることは可能であっても、カナダに戻ってくると14日間の自宅待機が求められる状況に変わりはありません。 自宅待機をちゃんとやっているかを調べるために警察や保健所の担当官が実際に自宅などの待機場所まで赴いて確認しているそうです。 ルールを破って外出していることがわかると最高で750,000ドル(日本円で6000万円弱)の罰金というから恐ろしいです。 

 僕のトレーニングの日程がなんとなくわかってきました。 トレーニングコーディネーターによればおそらく9月中旬頃になるだろうとのこと。 現在でも訓練は行われていますが、そもそもパイロットが多く必要ない訳で、今訓練をしているのは最低限必要な人数を揃えるのが目的とのことで、ゼロから機種変更訓練が必要な僕の訓練の優先順位はかなり低いようです(汗)。 ということは9月中旬まではなにも予定がないということ。 それでもお給料が出るのはありがたいことですが、精神衛生上あまりよろしくありません。 なにもしていないことを純粋に楽しめるような性格ではないのが自分だということがよくわかってきました。 自分が悪い訳ではないのに感じる罪悪感。 嫌な感じです。 でも、レイオフされてもっと辛い人も多くいる訳で、僕なんかはラッキーな方です。 それはよくわかっているんですが、それでも、ねぇ。

 せっかく時間ができたので、ケベック州で無料で受けれるフランス語講座に登録しようとしましたが、夏季講習は全て受付が終わっている様子。 ここケベック州はフランス語が第一言語なため、外国からの移民には積極的にフランス語の勉強を推奨しています。 授業はフルタイムとパートタイムがあり、僕はパートタイムを受講したかったのですが。 授業料が無料なだけではなく、なんと1日15ドルのお手当が支給されるそうです(驚)。 さらにさらに、子供がいたりして託児所などに預けなければならない場合の手当てもあるよう。 そこまでしてフランス語を学ばせたいんでしょうね、ケベック政府は。 言語は文化の基本です。 なかなか面白い政策のように思います。

 話は戻り、今後の予定はというと、カナダ帰国後の14日間の自宅待機が不要になったらカナダを出ようかと模索中です。 9月中旬まで戻って来なくて良いので、会社支給のiPadさえ持っていれば訓練の勉強もできますし、会社との連絡も取れます。 日本に戻るとPCR検査を受けないといけないんですよね。 あれはできればやりたくないなぁ(笑)。

 明日7月1日はカナダデーです。 ところがここケベックでは建国記念日は一週間前でした。 ケベックでは独自の建国記念日を祝うのです。 そして、7月1日は「引っ越しデー」。 引越しをする多くの人は7月1日に大移動するのがここモントリオールの風物詩となっています。 そして、引越しの際にいろんなものを歩道に置きっぱなしにして行く人が多くいるので、明日は街中を歩くと粗大ゴミがあちらこちらに落ちているはず…。 楽しみなような、嫌なような(笑)。

 航空業会では、ボーイングが737Maxのテスト飛行を再開したとのこと。 良いニュースと喜んで良いのか複雑な気持ちです。 これに乗じてボーイングの株価やアメリカ市場全体が大反発だったそうです。 ゲンキンなものですね。 今回のコロナ禍でこの世がいかにお金で回らされているのかが浮き彫りになったように感じていて、あまり気持ちが良くありません。 自宅待機させたいけど保証はせず、経済を回さないといけないからロックダウンをやめる。 WHOは中国マネーの影響を多く受けているようですし、アメリカのパッパラパ〜大統領も目先の経済や金融市場のことばかり考えて軽率な決断ばかりしたおかげで今ではアメリカが世界で最も深刻な状況担っている。 お金がないと困るのは誰でもわかることだけど、もっと上手くやる方法もあったんじゃないの?と思わざるを得ません。 これ以上書くと愚痴が続くのでこの辺でやめておきます。

 カナダでは明日から飛行機の真ん中の座席を売り出すそうです。 今日まではソーシャルディスタンスを確保する観点からからミドルシートはブロックしていたのですが、明日からは隣に人がいるかもしれない状態での飛行機移動となるようです。 SNSでは多くの不満が出ているようですし、これが今後の第二波にどのような影響を及ぼすのか注視していく必要がありますね。

モンロワイヤル山にある十字架を早朝に撮影しました。

朝5時過ぎというのにそこそこの数の人が展望台に来ていました。 この日はやや靄っぽかったです。



(続く)