2020-04-18

今後の航空業界の行方予想 -第1回-

 先日、ここカナダで働いている日本人パイロットのみなさんと合計8名でビデオチャットをし、近況報告・情報交換をしました。 初めてビデオでお顔を見る方がいたり、以前訓練を担当させてもらった生徒さんがいたり、もう何年も前に会って以来お話をしなかった人がいたりして楽しい時間になりました。 今の世の中がこんな状況だからこそビデオチャットを通してみなさんと繋がることができたので、悪いことばかりでもないのかもしれません。

 今日は今後の航空業界の行方について考えてみます。 こんなことを考えるくらい時間が有り余っています(笑)。

 今日はまず、今後のパイロットの需要と供給について考えてみようと思います。 


世界的なパイロット不足

 ここ数年言われ続けてきた「世界的パイロット不足」ですが、これは一旦落ち着きを取り戻す(=需要が減る)ものと予想します。 

 これまでパイロット不足が深刻化してきた理由は主に次の三つだと思います:

  1.  パイロットの大量定年退職
  2.  航空旅客数の増加 
  3.  乗務員の就労時間の短縮化
 コロナがこれらの点に及ぼした影響を見ていきます。


大量定年退職

 まずはパイロットの大量定年についてですが、これはこれからしばらくは続くことは間違いなく、コロナとは直接関係ありません。 強いて言えば、コロナが経済に及ぼした影響によってパイロットの定年退職は一時的に急加速しているとも言えます。 現在、航空会社のほとんどは運航便数が減っている間のキャッシュロスをなるべく抑えようという動きに出ており、定年が近いパイロット(年齢50代後半から60代前半)には早期定年退職を促しています。 我が社でも150名弱のパイロットが早期退職を決めたそうです。 こんな経済状況の今なので、パイロットの新規採用は一時停止状態でもありますし、現役パイロットの数は確実に減少しています。 ただし、ここで重要なのは、減るのは「絶対的なパイロットの数」である点です。 需要と供給のバランスがとれていないと、たとえ絶対的なパイロットの数が減ったとしてもパイロット不足にはならないことも考えられます。 

 っということで、それではどれだけのパイロットがこれから必要になってくるのでしょう。 次はそこを考えてみます。


グローバル化と航空需要の増加

 LCC・格安航空会社の出現により航空運賃は近年大幅に値下がりしてきました。 そのため、今までは気軽に旅行に行けなかった人々も比較的お手軽に飛行機を利用して世界中を移動するようになりました。 もっとも顕著な例が中国でしょう。 中国が国際的な市場・経済活動の中心となってきたのを背景に中国人の多くが経済的に豊かになったのは間違いありません。 多くの中国人は世界中に観光に出かけ、爆買いするようになりました。 その需要に応えるため、航空会社はこれまでどんどん便数を増やし、ルート開拓し、大型機を導入してきました。 今後もその流れが続く予想だったため、パイロットがますます必要になると言われ続けてきたのです。 それが今回のコロナウイルスの影響により大きく様変わりするでしょう。 


コロナ後の人々の心理と経済への影響

 コロナの前であったらLCC航空会社でよくみられるようなぎゅうぎゅう詰めの客室でも、「チケット代が安いから」と諦めて旅行に出かける人が後を絶ちませんでした。 ところが今は「ソーシャルディスタンス」「フィジカルディスタンス」の確保が推奨されていますので、今後もぎゅうぎゅう詰めで飛べるのかは疑問が残ります。 飛行機の客室内はいわゆる「3密」が存在しやすい環境です。 

 一方、世界には今日現在コロナウイルスとの戦いが続いている国や地域がまだまだ数多くあります。 たとえ一部の国が国境を再開したとしても、そんな状況で外国旅行に出かけようと思い立つ人は少ないでしょう。 また、今まではビジネスや出張で飛行機を利用する人の数が常に一定数いましたが、最近ではリモートワークを推奨し、なるべく人とは会わずにネット上の会議システムやチャットなどを利用する人が増えてきました。 今回の経験で、「人と会わなくてもネットでなんとかなるんじゃない?」と思う人は増えるでしょうから、わざわざ飛行機に乗って、3密状態に身をさらす危険を冒してまで出張する人というのは減るのではないでしょうか。

 以上の理由から、旅客数は以前と比べて減る(少なくともしばらくの間は)のは間違いなさそうです。


コロナ後のバブル

 当然ながら今後は飛行機のような密閉空間での移動を避けたいという人がいる反面、それでも私は旅行がしたい!という人がいるのもまた自然で、理解できます。 数ヶ月間の都市封鎖で自由を奪われた人々はその反動で爆買い・爆消費する傾向にあり、ある種のバブル経済が発生しているところもあるとのことですので、また自由に旅行ができる環境になればある一定数の人々はまた移動をはじめます。  

 一方で、ウイルスの怖さが脳に刻み込まれた人々が再び動き出すには時間を要するでしょう。 人間は忘れる生き物です。 しかし、ここまで世界的な影響を及ぼし、多くの犠牲者を出したウイルスのことはそう簡単には忘れるはずはありません。 世界大戦で被害を被った人々が何十年もたった今でもその悲惨さ・恐ろしさを忘れていないのと同じようなものです。 上記のとおり、移動を始める人が増える一方、移動に臆病になる人が増えることも確実です。

 
運航乗務員の就労時間短縮

 カナダをはじめ、多くの国々でパイロットが1日に働くことができる時間を航空法で短縮する流れにあります。 現在の法律よりもさらに制限的なルールで、new fatigue ruleと一般的に呼ばれています。 勤務時間、始業時間、またぐ時間帯(タイムゾーン)の数、クルーの数(例:パイロット2名か3名か)、休息時間の長さ、などなどがパイロットの疲労に直結し、航空事故を起こす引き金になりかねないことが科学的調査によって判明していますので、そのリスクを下げるためにルールを改定するものです。 この新ルールの採用により、今までは2人のパイロットで運航できていたルートも今後は3人ないし4人のクルーで運航しなければならなくなる場合があります。 そうなると今のパイロットの数で今まで通りの便数をこなすことは不可能なので、パイロットの数を増やす必要性が出てきます。 これだけを見るとパイロットの数は増えることになりますが、当然ながらフライトの数が減ればパイロットの数を増やさなくても今いる数でこなせてしまう可能性があります。


有資格パイロットの放出

 9.11やSARSの時とは違い、今回のコロナウイルスは世界規模の事象です。 世界同時多発テロが起きたとき影響を受けたのは主にアメリカでした。 当時アメリカで飛んでいたパイロットやアメリカに就航していた航空会社は便数減少でダメージを受け、多くのパイロットがレイオフされたと聞いています。 そういうパイロット達は母国を離れ、アジアや中東の航空会社に多く流れていったそうです。 ところが今回のコロナウイルスの被害は世界中で出ており、世界中の航空会社が例外なく影響を受けています。 世界中のパイロットがレイオフをされている今、職を失ったパイロットを採用する会社はなかなか見つからないはずです。 となると、パイロットの市場には多くの有資格者、有経験者が放出されることになります。 余剰が増えれば不足は減ります。


まとめ・今後のパイロット需要の動きを決めるカギ

 今後の航空業界の動向はコロナ収束までにかかる時間と、それまでに経済が被った被害の度合いに大きく左右されると思います。 今後しばらくは景気低迷が避けられないと思います。 そのため、航空業界が以前のように戻るまでには時間がかかるでしょうから、その間は運航便数が制限され、必然的にパイロット不足は一時的にではあるものの解消されるでしょう。 現役パイロットをはじめ、これからパイロットを目指す方々にとっては厳しい時期となります。 



(つづく)

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