2022-09-10

やればできる人もいるのも事実。

 先日久しぶりにラスベガスまで行ってきました。数ヶ月前までのスケジュールではモントリオールを夕方に出発して5時間のフライトで現地着が現地時刻の夜遅くという感じでしたが、今の時期のスケジュールは時間がややずれていて、モントリオールを午後遅くに出発し、ラスベガス到着は夕方という感じでした。


 この日に飛んだ機長は恐らくまだ30代前半。彼のお父さんも同じ会社でA330型機の機長をされているようで、なかなかのエリートです。しかも身長は推定180cm以上、引き締まった身体で、顔は超彫りが深いラテン系のハンサム男です。世の中不公平なことばっかだなと感じざるを得ませんでした。それはさておき、この機長からフライト前日にメールが来ました。内容はこんな感じ↓

 

 「明日のフライトで一緒だけど、当日は搭乗ゲートで落ち合おうね。それと、レイオーバー中にチャールストン山にハイキングに行くけどよかったら一緒にどう?ちょっと難しいハイクで、約8時間、30キロ弱歩くけど」

 

 いやいやいやいや、そんなハイキングは僕には無理です。一応元山岳部ではありますが、そもそも今のラスベガスの天気ってこんなんですよ↓

 


 

 ここしばらくのラスベガスは日中は気温が40度を超える酷暑のようです。あとで聞いた話では山のほうにいけば気温は幾分下がるようで、山頂付近では20度を下回るんだとか。とはいえ、8時間歩く元気は僕にはないので丁重にお断りしました。

 

 フライトは行きが僕担当、帰りが機長の操縦担当となりました。だいたいの場合は「行きと帰りどっちがいい?」と聞かれることが多いです。僕はどっちでもいいんですが、ラスベガスは久しぶりだったので行きの操縦をやらせてもらいました。ちなみにどちらも「どっちでもいい」ということになった場合、いろんな方法で誰が先に飛ぶかを決めます。コクピット内の高度セレクターのノブをテキトウに回して出た高度が奇数だったら機長、偶数だったら副操縦士とか、加圧装置のどちらがアクティブになっているかで決めるとか(システム1だったら機長、システム2だったら副操縦士)。なかには「じゃあ君が先ね」って言ってくる人もいますし、なにも聞かずに最初のレッグをかっさらっていく機長もいます。

 

 ラスベガスまでの途中でロッキー山脈を越えるのですが、ちょうどそのあたりで雷雲が発生していたのでなんどか迂回を強いられましたが、それ以外はいたってスムーズなフライトでした。久しぶりにRNAV Visual 19Lというアプローチで目抜き通りに平行に着陸しました。いつもなら真っ暗な中をアプローチするのですが、今回はまだ明るかったこともあり、いつもと違ってなんだか新鮮に感じました。 着陸後、お客さん達にお別れをいっていたら、高齢の女性から「いままでの着陸で一番スムーズだったわよ!」といわれました。僕的にはいつも通りの、特にスムーズでもハードでもない着陸だったと思っていたのですが。あとで客室乗務員の子に言われたのはこの女性はイギリスからのお客さんだったそうです。イギリス人パイロット、どんだけいつもハードに着陸してるんやろ?と思ってしまいました(笑)。

 

 普段と違ってまだ時間は早いこともあったのでホテル到着後に早速お散歩に出かけました。この時で気温はまだ40度弱。夜になれば下がるかなと思いましたが、結局30度を下回ることはなかったです。ラスベガスの夜は本当に人が多く、コロナなんて過去の話さバリに誰もマスクなんかしません。さすがにちょっと怖い感じになってきたので早めに散歩を切り上げ、人気の少ない通りを通ってホテルに戻りました。

 翌日は1日お休みだったのでいつものとおり街を歩き回りました。気温は40度を超えましたが、意外と慣れるものです。ただ、水分補給だけはまめにやりました。

 

 3日目は朝早くにホテルを出発。とはいえ、モントリオール時間でいえば午前9時過ぎなので体への負担も少なく楽チンでした。帰りはお天気もよく、本当に順調なフライトで退屈すぎるくらいでした。フライト中にフライトアテンダントの女の子と話をしましたが、どうやら彼女はパイロット志望のよう。結構FAさんでパイロットになりたいという人は多いんです。ただ大変なのはそういう人たちは既に僕らパイロット側の生活がどういう感じなのか(客室乗務員よりは生活の質が高いことが多いこと)を知っているので、そこにたどり着くまでにどうしても経験しなければならない下積み生活をする根性がなかったり、夢見がちなところがあることです。今までにもパイロットになりたいFAさんとたくさん話をしましたが、実際に訓練を始めるに至るのは本当に数少ない印象です。それでもちゃんと計画をねって行動に移す人もいるのも事実。先日、モントリオール空港でデッドヘッド便の搭乗待ちをしていたところ、以前のリージョナル時代に一緒に飛んだことがあるFAだった男の子がパイロットの制服を来て歩いているのを遠くから見かけました。「あ〜、彼の夢がかなったんだなぁ〜!」と思ってちょっと嬉しくなりました。やればできる、でも、最初の一歩を踏み出すのは歳を重ねるごとに難しくなるのも事実です。

 

 モントリオールに着陸すると気温は13度。実に30度ほども差があります。体調管理には気をつけなければと思います。

 

 

(つづく)


 

2022-09-05

やっと勘が戻ってきた。

 9月に入り、モントリオールは早くも秋のような天気の日が多くなってきました。今朝は曇り空で気温13度。とはいえ、日中は湿度も高く、気温も25度ほどまで上がります。雷がなることも数日に1回はありますし、まだまだ夏っぽさも残ってはいますが、ここから秋、そして冬への移り変わりはとても早いはずです。

 さて、先月10日に路線審査でプンタカーナに行ってきました。一緒に飛んだのはフランス人の女性機長。偶然にも妻の生まれた市の近くで生まれ育ったのことで会話のネタには困りませんでした。プンタカーナまではWATRS(West Atlantic Route System)と呼ばれる空域を通ることがあります。ここを通るには決まった手順が存在し、主に無線での位置報告や緊急時のルート逸脱方法などを知っておく必要があります。洋上はレーダーがないため航空管制官に我々の位置がリアルタイムで伝わらないため、既定の位置(ウェイポイント)を通過した時刻、速度、次の位置報告地点通過予定時刻などをHF無線を使って報告します。ボーイング767に乗務していた頃はCPDLCというシステムが備わっていたため、主に衛星電話を経由してコンピューターが自動で位置報告をしてくれていたので楽でしたが、僕が今乗務しているエアバス320シリーズはCPDLCや衛星電話装置がない機体が多いため、従来の方法でHF無線を使って位置報告をします。

(アメリカ東海岸沖に設定されているWATRS空域 ICAOウェブサイトより)

 実を言うとこのルートをエアバス機で通過するのは今回が2回目?だったので、前日までに手順をしっかり復習しておきました。 そのおかげで特に困ることはありませんでした。洋上は天気が良いことが多いのですが、今の時期は嵐や超巨大積乱雲が発生することが多いです。そのため、今回も何度も雲を避けるために進路変更を余儀なくされました。WATRSを飛んでいるときは天気を避ける手順も通常のフライトとは違う手順があるので、そういった手順を見直すための良い機会になりました。プンタカーナでは実に5ヶ月ぶりになる実機での着陸をしましたが、スムーズに決まって機長さんにお褒めの言葉をいただけました。細かい数字とかは簡単に忘れちゃいますが、体に染み付いた離陸・着陸の感覚というのはそう簡単にはなくならないものです。

 プンタカーナでは外で写真の一枚でも撮ろうかと思っていたのですが、久しぶりのラインフライトということもあって心の余裕がほとんどなく、写真は一枚も撮れませんでした(笑)。そうこうしているうちに復路便のお客さんたちの搭乗が始まり、そそくさとプンタカーナを後にしました。帰りは機長の操縦で、巡航中にいくつか質問をされたり、それまでの手順で気がついた点などを指摘してもらいました。今後のフライトに役立つ情報ばかりでした。WATRS空域を抜け、アメリカ・ニューヨークのあたりに差し掛かったところで早々にラインチェックは合格、「(パイロットの仕事に)おかえりなさい」という言葉をかけてもらい今回の路線審査は終了となりました。いや〜、よかった、よかった。

 路線審査が終わってからはリザーブと言うことで呼び出しがかかると飛びに行くということを8月いっぱいやりました。リザーブ日の半分くらいは呼び出しがかかり、赤毛のアンで日本人観光客に人気のプリンスエドワード島に行ったり、僕がパイロットライセンスを取ったビクトリアに行ったり、アメリカのマイアミに行ったりしました。飛ぶ回数が増えるに連れて以前の勘が戻ってくるのがよくわかりますし、フライト中の心の落ち着き度、そして周りの状況を全体的に判断できる余裕が生まれてくるのがわかります。

 9月に入り、リザーブではなく最初から予定が組まれたブロックホルダーという立場に戻りました。リザーブだと1ヶ月18日勤務ですが、ブロックだと16日勤務です。今月は月末に休暇がありますので、実質勤務日は12日です。行き先もお休みも希望通りに通って最高の月になるはずです。今回またビクトリアに行くペアリングがあるので、昔の仲間に連絡を取ってみようと思っています。自分が訓練した空港に自分の操縦するジェット機で舞い戻ると言うのはとても感慨深いものがあります。

 今日の写真は先日フロリダはオーランドからの帰り道に通過したニューヨーク・マンハッタン周辺の夜景です。



(つづく)



2022-08-06

仕事復帰のシム訓練。

  またもや久しぶりの投稿です。前回投稿してからまたしばらく時間が空いてしまいました。毎度のことながらこのブログをご愛読いただいている皆様、申し訳ありません。


 さて、先月末に育休を終えてフランスからカナダに戻ってきました。本当は仕事復帰のためのシミュレーター訓練が始まる前ギリギリにカナダに戻ってくる予定だったのですが、昨今の旅行者の急激な増加によって我が社の予約状況もパンデミック前の水準近くまで戻ってきているようで、ジュネーブ=モントリオール便は7月21日以降は連日満席・オーバーブッキングという状態だったため、急遽21日のフライトで泣く泣く戻ってきました。


 前回の投稿からフランス滞在中は毎日バタバタしていました。娘の健診について行ったり、娘の出生届を日本領事館に提出したり、パートナーとの結婚式準備に追われたり、婚姻届を出す準備をしたり、フランス滞在許可書の申請をしたりと、常に何かをしていた感じです。もちろん楽しいこともたくさんありました。天気が良い日には山や湖で何度もピクニックをしました。ツールドフランスが街を通過したので観戦にも行きました。娘を連れていろんなところを散歩したりもしました。とても充実した日々でした。


 娘はあっという間にもうすぐ4ヶ月になります。飲むミルクの量が、生まれた直後から比べると10倍くらいになりました。今では顔をじっと見つめたり体を触ったりするとキャッキャと笑います。夜は最後のミルクを8時過ぎに飲み終えると次の日の朝までぐっすり寝てくれます。首ももうすぐ座ります。子供の成長は本当に早くて驚きます。いろんな人から子育ては大変だと聞いていましたが、正直なところ、全く大変ではありませんでした。やはり1人で育てるのではなく、妻と2人で育てることができたからかもしれません。


 娘が生まれる前までは、育休を取るべきか、どのくらい取るべきか、生活に悪い影響は出ないか、仕事の勘が鈍ってしまうのではないか、などなど、色々と心配していたのが正直なところです。しかし、振り返ってみると特に心配する必要はなかったです。


 育休は3ヶ月取ったのですが、もっと長くてもよかったかなというのが正直なところです。ただ、3ヶ月以上取るにはいくつかのハードルを越える必要があったため、今回は延長しませんでした。育休中はケベック州政府からのお給料補助があったため、仕事をしている時の8割弱の収入を保つことができたので助かりました。仕事の勘ですが、これだけは少し影響が出ました!


 8月2〜3日にトロントでシミュレーター訓練を受けてきました。結果からいえば問題なく合格し、免許の更新ができたのですが、それまでの工程がなかなか大変でした。僕は育休中はフライトのことを一切考えないようにしていましたので、7月21日にカナダに戻ってきてから訓練に行かなければならない10日ほどで今までの知識を全て頭に入れ直しました。4ヶ月ぶりに飛行手順マニュアルを読み返してみると、本当に初歩の初歩的なことまですっかり頭のメモリから消去されていたことに気がつきました。これはちょっとまずいかな?と少し焦りましたが、10日もあれば十分なはずだし、ここ2年ほどで2回も長いブランクが空いた期間(後述参照)があったにもかかわらず問題なく仕事復帰できたこともあったのでそこまで深刻な問題にはならないだろうと思っていました。


 訓練は1日目が訓練項目をこなすフライトを4時間やり、2日目がフライトテストです。1日目の最初のうちはかなり緊張していましたし、自分の周りで起こっていることを即座に把握することができず、いってみればトンネルビジョンのように周りがよく見えなかったのでビビりました。ですが、1日目の最後の頃にはさすがに感覚が戻ってきまして、2日目のフライトテストではある程度落ち着いてフライトすることができました。とはいえ、普段訓練にくる時とは明らかにパフォーマンスが落ちていたことは否めません(普段の8割くらいの出来だったように思います)。一緒に飛んだ機長と監査機長には「君、本当に4ヶ月飛んでなかったの?ちゃんとできてるじゃん」と驚かれましたが、自分の中ではあまり満足できる内容ではありませんでした。さすがにおんなじような内容の訓練や試験を今までに何度も受けてきてパスしてきたので、ちょっとやそっとのことでは落ちることはないとは思いますが、久しぶりにかなり緊張しっぱなしだった二日間だったので、訓練を終えて自宅に戻ってきたらどっと疲れが出ました。


 今回の訓練がなぜ大変だったのかを自己分析してみたのですが、よく考えてみるとパンデミックが始まった時に数ヶ月飛ばなかった時はボーイング767からエアバス320に機種変更になったので、そもそも訓練はゼロからのスタートだったのです。エアバスの勉強をするには十分すぎるほどの時間もありました。その後再び地上待機を言い渡されて数ヶ月自宅待機になったのですが、その後の職場復帰の際にはシミュレーターで訓練をする前にIPTで手順のおさらいをするReturn To Work (RTW)セッションが設けられていました。そのため、1日目でおさらいをしてから2日目の訓練と3日目のフライトテストまでスムーズに持っていくことができました。ところが今回はそういった補助輪的なセッションはいっさいなく、いきなりぶっつけ本番的な感じでの訓練となったわけで、そのためかなりしんどい印象の訓練になってしまったというわけだというのが僕の分析です。


 何はともあれこれで仕事に復帰となります。3ヶ月以上離着陸をしていない期間があるため、次回の実機でのフライトは路線審査ということになっています。行き先はドミニカ共和国のプンタカナです。片道4時間半、往復9時間の長い1日になります。しかも審査だから色々知識を試す質問をされるのではないかと思います(これは路線審査機長にもよりますが)。あと数日まだ勉強の日々が続きそうです。




 今日の写真はモントリオールからトロントまでの移動の日に機窓から見えたモントリオール空港ターミナルです。だいぶ飛行機の数が多くなってきています。ターミナル内は旅客でごった返しています。それこそパンデミック前よりも人が多いほどです。ちなみにターミナル内はマスク着用義務はありません。



(つづく)


 


 

2022-05-02

育休。


  久しぶりの投稿になります。ここしばらくバタバタとしておりました。その理由は子供が生まれたからです!4月中旬に予定日よりも2週間ほど早く娘が生まれました。そのための準備で忙しくしていたわけです。

 仕事はというと、3月の末にフライトして以来、4月上旬は2週間の休暇があったためそもそもお休みでした。そして子供が産まれてからは育児休暇を申請しました。うちの会社では最大1年間育児休暇を取ることができます。その間は無給ですが、健康保険や自社便のトラベルパスなどといった一定の福利厚生は引き続き使えます。また、住んでいる州によっても違うのですが、僕の居住地では最大8割弱の年間収入を支払ってくれます。つまり、仕事に行かずに自宅で子育てをしていても、今まで通り仕事をして儲けるお給料の大部分を州政府が会社に代わって支給してくれるというわけです。さすが毎月恐ろしい額の税金を差し引いているだけはあって、こういう子育てサポートはしっかりしているようです。

 今回はパートナーのいるフランスでの出産になったわけで、娘はフランスと日本の二重国籍となりました。フランス語の辿々しい僕がこちらで出産に立ち会うまでの話はいずれどこかでしたいと思いますが、一言で言えば「めっちゃ大変やった!」ということになるでしょうか(笑) かなりのカルチャーショックでした。言葉がうまくできないとこれほど大変なのかと改めて思い知らされました。出産後は病院に4泊し、それから自宅に戻ってきました。娘はおとなしい気質のようで、夜泣きもほとんどしないし、今のところはミルクやりもオムツ交換もお風呂入れも楽しくやっています。

 そんなわけで、このブログでパイロット関連の話が再びできるのは恐らく7月後半の仕事復帰・カナダへ帰国するあたりからとなると思います。



(つづく)


 

2022-03-21

最後のフライト?

 気がつけばまたしばらく更新していませんでした。ごめんなさい。前回の投稿にはシミュレーター訓練に行くっていうことを書いていたようです。

 その訓練、想像していたよりも楽しい経験となりました。そもそも副操縦士x2名での訓練は正直ちょっと面倒くさいと思っていました。というのも、副操縦士2人だと、1人が審査を受けている間はもう1人は機長席に座って機長の乗務業務をこなす必要があるからです。僕は副操縦士ですが、当然ながら機長が普段何をしているのかは理解しています。ただ、実際には自分ではやらないことを機長はやっているわけで、しかもいつもなら右にあるものが左にあったり、左手で操作するものを右手でやったりしなきゃいけないわけです。怠け者の僕はそういうのが億劫に感じていたというわけです。

 ところが、実際に機長席に座るとこれが結構楽しいんです笑 普段やってないことを思う存分やれるし、自分が機長になった感覚で偉そうに指示を出すこともできます(笑)。幸い、パートナーだった副操縦士の子はとてもお利口さんだったので、お互いにスムーズに訓練が進みました。シミュレーター審査が終わった後審査官からお褒めの言葉ももらえましたし、とても良い経験になりました。これならまた次回も副操縦士とペアでもいいかなって思ったりもして。

 訓練が終わってからはバタバタと忙しく飛んでいます。飛ぶ時間数はパンデミック前に匹敵します。行き先は相変わらずラスベガスに行くことが多いです。ラスベガス空港は我々が到着する時間帯は大体西からの風の場合が多く、滑走路26Lに着陸することが多いです。時たま19Rという滑走路に降りることもあるのですが、この場合はラスベガスの目抜き通りである「ストリップ」と呼ばれる通りに並行する感じで着陸します。



その場合は前を見ると結構暗い(滑走路ライトくらいしかない)ですが、ちょっと目線を右にずらすとイルミネーションが煌々としていて眩しいくらいです。当然ながら、アプローチ中は前に集中していますからご安心を。

 今週は明日と明明後日に仕事が入っていますが、明明後日のフライトが先週キャンセルになりました。そのため、明日仕事に行くと今月の仕事はこれにて終了となるかもしれません。そうなると明日のフライトを最後にしばらく飛ばなくなります。実は来月からしばらくお休みすることにしているのです。その理由はまたいずれ。

 今日は3月20日ということで、「エアバスA320型機の日」ということらしいです(?) 僕が現在乗務しているエアバス320型機。見た目は昔の新幹線(ひかりとかこだま)のように団子鼻の面構えをしていてとても愛嬌があります。個人的にはボーイング737型機のようなちょっと尖った鼻の飛行機よりも可愛らしいと思っています。





(つづく)

2022-01-20

宿敵デッドヘッド。

 2022年が始まって初めての投稿となります。皆様、明けましておめでとうございます!本年もスローペースで本ブログをアップしていこうと思いますので、テキトウにお付き合いください。


 今月は久しぶりにトロントからのフライトを担当することが多かったです。3日間のペアリングで、1日目はトロントまでのデッドヘッド、夜ホテル泊。2日目はトロントからフロリダまでの日帰りフライト、夜ホテル泊。最終日はまたフロリダまでの日帰りフライトで、その後モントリオールまでデッドヘッドで帰還という感じです。


 デッドヘッドでの移動は正直嫌いです。そのため、スケジュールのリクエストを出す時には「デッドヘットを避ける」というふうにビッドすることが多いのですが、今月はリクエストが通らず、デッドヘッドのフライトがわんさかあります。


 ここでデッドヘッド(移動フライト)が嫌な理由ベスト(ワースト)3を発表します!

  1.フライト中退屈するから

  2.制服を着て客室で座っているとお客さんにジロジロ見られるから

  3.チェックイン、搭乗、その他諸々が正直面倒くさいから


 という感じです。トロントーモントリオール間であれば1時間ちょっとのフライトなのでさほど大変ではないのですが、これが西海岸までの移動となったりすると軽く4時間以上のフライトになります。食事をして、本でも読んで、映画でも観てればあっという間というのはあながち間違いではないのですが、それが楽しいのはエアラインパイロットになりたての最初のうちだけ。何時間も椅子に座っているのはもはや拷問です。ましてやコロナ禍の今はなるべく他人のそばには居たくないというのが本音ですので、たとえキャビン内の空気は常に循環していようとも、乗客やクルー全員がマスクをしていようとも、やっぱり他人と触れ合わないに越したことはありません。

 

 制服を着て座っていると話しかけられることも多いので、そのお相手をしなければいけない場合もあり、それもなかなか厄介です。そりゃパイロットが座っていれば誰でも興味の眼差しでみたくなるのもよくわかるのですが、既に何時間も乗務してようやくモントリオールに帰るためのデッドヘッドに乗り込んで、さ〜ゆっくりするぞというタイミングで話しかけられようものならどっと疲れが出てしまいます。とはいえ、以前お隣になったイスラエルからの美人女医さんとのお話はとても盛り上がりまして、それはそれで良い思い出になっています・・・笑


 デッドヘッドで搭乗する場合には一般のお客さんと同じように搭乗手続きをします。ほとんどの場合はオンラインでできるので問題ないのですが、最近よくあるのはクルースケジューラーがデッドヘッドの手続きをちゃんとしていなかったり、または他の部署との連携がうまく行っていなくて搭乗者リストに名前が載ってない場合もあったりして、そもそもチェックインできないなんてことがあります。そうなるといちいち電話をして手続きをやり直してもらうこともあり、とにかく面倒です。先日のトロント行きデッドヘッドではクルースケジューラーに6回も電話をかけました。ほんといい加減にして、もぅ。


 そんなこんなで忙しく働いていて、ようやくエアバスにも慣れてきた感じがします。2020年に機種変をして、路線審査を終えたと思ったらコロナの影響でフライトできなくなり、その時は実質2ヶ月ほどしか飛べませんでした。そして今回は今月で3ヶ月目です。ということでまだエアバスに移行して5ヶ月ほどです。さすがに運航のほとんどのフェーズで落ち着いて操縦することができるようになりつつあります。エアバス、ラブ❤️


 そんなこんなで今月は早くもシミュレーター訓練が入っています。昨年10月に訓練を受けて現場復帰したと思ったら、たった3ヶ月ほどで再度訓練に送られるという・・・。しかも今回は機長とペアではなく、僕と同じ副操縦士との訓練です。ということは、お互い機長のパートもやらなければいけないということで、普段の訓練よりもやらなければならないことが増えます。あ〜ん、もぅ。


 今日の写真は先日キューバへのフライトで見えた景色です。




(今年も引き続き、つづく)

2021-12-30

忙しい年末。

  リザーブの月も終わり、12月はスケジュールがもらえました。月初は10日ほど休みをもらえましたが、その代償として残りの三週間はめちゃくちゃ働かされています。思い返せば、767に乗務していた頃はこの時期はオフシーズンであまり忙しくなかったのです。767のピーク時期は夏で、夏の間のヨーロッパ路線が儲けどきだったように思います。冬の間はフロリダやペルーなどの南北に飛ぶルートが多かったのですが、とてもリラックスしたスケジュールだったように記憶しています。ところがエアバスに移り、今月は日本のサラリーマンのようなスケジュールで飛んでいます。最も多いのがラスベガス便。今月で4回も行っています。昨日までラスベガスに行っていたのですが、どうも最近は天候が悪く、毎回気温が低いです。とはいえ、フライト自体は結構楽しくて、特にRNAV Visualというアプローチで着陸するときにはラスベガスのいわゆるストリップと呼ばれる繁華街に並行に進入しますので、FOである僕の右側の外にはピラミッドやらスフィンクスやらエッフェル塔やらが見えます。見えますとは言いながら、当然ながらフライト中は意識と視線は真っ直ぐ前を見ています・・・。


(写真上:ラスベガス空港上空を通過する雨雲)


 オミクロン株が広がりを見せている今、その影響が僕のスケジュールにも少しずつ姿を表しつつあります。今月は残り数日ですが、そのうち1日のフライトがキャンセルになりました。それもいきなり全部キャンセルになったのではなく、まずは往路がキャンセルになり、運航担当の代わりにデッドヘッドになりました。その後24時間以内にさらに変更が発生し、結局はすべてのペアリングがキャンセルになりました。こういう動きをみていると、会社がオミクロンによる旅客数の現象に日毎対応しているのが手に取るようにわかります。来月のフライトでもペアリングの一つがすでに変更になっています。オミクロンは深刻化しにくいとか、アメリカは隔離期間を短縮するとか、色々なことが日々変わりつつありますが、果たして来月からのフライトはどうなるのか。気になるところではあります。


 とはいえ、今月は一生懸命働かせてもらっていて、ずっと自宅待機していた頃とは生活のリズムが全く違います。6日飛んで1日休み、また5〜6日飛んで1日休みというペースで働いていますので、エアバスの運航に慣れるという点では着実に慣れていっているように思います。時たま凡ミスをしては「なにやってんだか!?」と自分自身に落胆することもありますが、それも最近ではだいぶなくなり、心に余裕を持って飛べるようになってきました。なんやかんや行ってもエアバスに移行してからまだ実質4ヶ月ほどなんですよね。僕の場合は機種変するたびに最初の3ヶ月はあたふたすることもありますが、6ヶ月を過ぎるとほぼ慣れて気持ちに余裕が出てきます。なので、あと1〜2ヶ月もすればもっと余裕を持ってリラックスしてフライトできると思います。エアバスで最も慣れないのは慣性モーメントのなさ。767は大きくて重い飛行機だったため、いろんな面で先を読んで飛ぶ必要がありました。減速するにも時間を要する飛行機でした。ところがエアバスは結構小さいので、あっさりと減速できたりします。そのため、767を飛ばしている感覚でエアバスを飛ばすと、予想以上に早く減速してしまうため、降下中やアプローチ中には必要以上に早く減速できてしまい、時間を持て余すというか、エナジーマネジメントがうまくいかなかったりしてヤキモキします。なので、わざと後手後手でアプローチをするとそれが意外とうまく行ったりします。なんだかなぁ〜と思いますが、要は慣れですね。


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 なんやかんやで色々あった2021年でしたが、こうしてまた飛べるようになったことを素直に喜んでいます。来年がどんな年になるのかまだわかりませんが、実はとても大きなイベントが待っているのです。またそれは追々報告させていただきます。


 皆様、良いお年をお迎えください。来年もテキトウに更新していきますので、今後ともよろしくお願いいたします。



(2022年もつづく)