2014-02-08

「パイロット不足」という噂について。

 巷でよく聞く噂の例です:

「中国が世界の中心的位置づけになる」
「地球温暖化が悪化している」
「福島から漏れだした放射能が太平洋を渡ってカナダ西海岸まで深刻な影響を及ぼしている」

 噂っていうのは間違いが多いですね。 または説明不十分なことが多いように思います。 中国が世界の中心になるって言われ続けて何年が経ったでしょう。 たしかに世の中には "Made in China"が増えましたが、世界の、例えば、政治を中国が牛耳っているということはないと思います。 地球温暖化が叫ばれていますが、今日は日本でも雪。 カナダでも昨日はバンクーバーで66年ぶりに最低気温の記録が更新されたとか。 これだけ見ると地球は寒くなってるんじゃないの?って思うことも可能です。 福島原発からの放射能は確かに海を渡ってアメリカ大陸の西海岸に到達はしていますが、ごく微量で、そこの海で取れた魚を食べてもすぐに被曝するような量ではないそうです。

 んで、これらと同じように僕がよく耳にする噂が「パイロット不足」です。 「20XX年には定年するパイロットの数がピークを迎え、深刻なパイロット不足が起きる」というものです。

 これも長年言われ続けていると思います。 ある意味正しい、でも、ある意味間違っている。 これだけ聞いてパイロットを目指す人がいるとしたら、それは危ないと思います。

 じゃあ、これの真意はどういうことかというと、「地球上のある国ではパイロット不足が起きることがあるでしょうが、他の国ではそういうことは起きないでしょう」というのがどちらかといえば正しいように思います。

 例えば日本。 日本は航空関連の法律が厳しく、本当にごく一部の人しかパイロットになることができません。 その一部の人というのは、自衛隊に入隊した人、数少ない航空会社に採用され、自社養成パイロットとして訓練をさせてもらえた者。 または自費でマンションが買えちゃうくらいのお金を投じて訓練を受けて国内で飛ぶための資格を取得し、航空会社に採用される人。 他にも少数の例外があるとは思います。 日本でのパイロットの需要と供給を考えると、だれでもパイロット資格を気軽に取得できるわけではないですから、当然供給は低くなると思います。 でも、日本では、例えば飛行機でないと到達できない場所に貨物を輸送する仕事とか、救急患者を都市部にある病院に搬送するためのメディバックの仕事とか、オイル産業の工場から延々と伸びるパイプラインのパトロールの仕事などといったパイロットの職種は存在しない(または存在しないに限りなく近い)ですから、需要も低いと思います。 そのバランスがちょっと崩れるだけで「パイロット不足」となると思います。 

 日本と似ているのはヨーロッパの国々。 あちらも日本と同じようにパイロット になるのは大変みたいです。 事業用操縦士の資格を取るためだけに何科目にも細分された学科項目の国家試験を受けて合格しなければならないようで、その点は日本に近いかな?という印象を受けます。 ただ、エアラインパイロットになるためには自費で免許を取得するケースが多いようで、日本での自社養成といった仕組みに大きく頼っている形態とは少し違うように見受けられます。 ヨーロッパでも定年を迎えるパイロットが多くなる場合、パイロット不足が起きると予想できます。 一気に減るパイロットの数を一気に充足するほどのパイロットの数が絶対的に足りないのです。 理由は前述のとおり、「そう簡単にはパイロットになれないから」ということです。

 それでは僕がいるカナダ、お隣のアメリカの場合はどうでしょう。 需要はありまくりです(笑)。 最近はオンラインでレーダー画像を見ることができるサイト(例えばこちら)が増えてきましたが、 北米を飛行している航空機の数を見ると圧倒的に規模の違いがわかると思います。 日本上空も比較的多いですが、北米と比べると雲泥の差。 需要があるのはいいですが、供給もありまくりです。 理由は「だれでも比較的簡単にパイロットになれる」からです。 大学に行くかわりにパイロット免許を取るという人も多いですし、アルバイトをしてお金を貯め、自費でライセンスを取得する(僕自身がこのパターンです)人もいます。 航空専門学科を開設している大学に進学して学位とライセンス両方を取得する人もいます。 つまり、門戸がとても広い。 これが逆に悪影響を及ぼしているように思えます。 したがって、「パイロット不足」は北米では当分起きないと僕は思っています。

 この「Pilots on Food Stamps」という動画を見てください(ちなみに、Food Stampsの意味はこちら)。 アメリカの航空業界がいかに荒んでいるかがこのマイケル・ムーア監督のレポートによって説明されていると思います。 エアラインパイロットが年収300万円以下(税引き前の額)で働かされているという実情がそこにはあります。 ニューヨーク・バッファローで起きたダッシュ8の墜落事故。 この事故機の副操縦士の女性もたしか年収200万円以下だったように記憶しています。 あまりにも収入が低いため、ニューヨークで部屋を借りることができず、実家のあるカリフォルニアからフライトパスを使って通勤していたんだとか。 疲労が直接的原因であったとは思いませんが、アメリカの航空業界ではそういうことが起きているそうです。 ハドソン川に飛行機を下ろし、乗客全員の命を救ったキャプテン・サレーバーガーがアメリカ議会で行った証言には驚かされました。 「給料は40%カット、パイロット年金はストップされた」と上の動画で証言しています。 

 ではなぜこんなことが起きるのでしょう。 理由は簡単です。 供給がとても多く、需要を上回っているので、仕事が欲しいパイロット達は例え給料が安くても「いずれは高給取りになれる!」と信じて低賃金の仕事をやっているのです。 ここにパイロット独自の「経験付けの必要性」とか、「夢・憧れ」というものが混ざってくるから状況はさらに悪化します。 例え低賃金であっても、子供の頃からの夢だったパイロットになれて大空を飛び回っているというと聞こえはいいですが、夢と憧れだけでは現実的に生活できません。 パイロットとして成長するには飛行経験(飛行時間)を稼ぐことが重要ですが、その結果のゴールであるべきエアラインパイロットの現状がこのようであっては、希望を持つことができません。 飛行機の価格、整備費用、パーツ代、燃油代、などなどは、ある一定の価格まで下がるとそれ以上コストをカットすることができません。 そこで、カットできるコスト=パイロットの賃金ということになっているようです。 残念なことに、そういう低賃金であっても空を飛びたいというパイロットは多くいるので、その状況が変わることはなかなかないと思います。

 カナダはアメリカほどひどくはないですが、最近の大手航空会社の動向を見ていると、いずれはアメリカと同じような状況に陥ってしまうのかな?と不安になることがあります。 例えばウエストジェット。 今まではジェット機のみ(B737型機)を使って運航していましたが、最近になってWestJet Encore(ウエストジェットオンコア)という子会社(?)を設立し、Dash8-Q400を使って今までは飛んでいなかったルートの開拓に乗り出しました。 このEncoreは新しい機材を使っていて燃費がよく、他のDash8よりも速度が速くて一度に運べる乗客の数も多いです。 そのため、チケット代が安くなります。 一般の乗客は当然ながらどうせなら安いチケットを買いたいでしょうから、従来の航空会社ではなく、Encoreに乗ろうということになります。 そうするとどうでしょう、従来の航空会社達はEncoreと競争しなければなりません。 価格を下げるためにはコストをカットする。 そしてそれがいつかはパイロットの給料に反映されるわけです。 市場の競争について云々言うつもりはありませんが、乗客の命を預かって飛んでいるパイロット達が、生活やお金のことに不安を抱えながら仕事をすることは心理的に良いことではないと思います。 でも、この悪循環が少しずつ広がってきているように昨今感じます。 

 パイロット=高級取りっていう構図は今、60代のパイロット達の世代には当てはまるかと思いますが、若い世代には当てはまらなくなってきているように思います。 それでも福利厚生がよかったり、トラベルパスがもらえて無料または格安で旅行できるという点は魅力的です。 僕もいずれはエアラインパイロットになってみたいと思いますが、果たしてそれが正しい選択なのか、それが最近ではよくわからなくなってきました。 

 重い内容になってしまってすみません!



(つづく)