2018-09-05

パイロットのヘッドセット雑談。

*****今回はヘッドセットについて書こうと思います。 モノ・ギア・グッズ関連に興味のない方にとってはかなりつまらない内容になっていますので、ご注意ください。*****


 「ヘッドセット」というのはパイロットがフライト中に頭につけるヘッドフォン/イヤフォンのようなものの総称です。 ヘッドセットをすることによって操縦桿や無線パネルにあるボタンを押すだけで無線発信できます。 昔は手で握るタイプのマイクと壁に備え付けてあるスピーカーを使って無線会話していたようです。 ヘッドセットをすることにより操縦桿から手を話すことなく無線会話ができるようになりました。

 ヘッドセットにもいろいろありまして、大きくわけてノイズキャンセル機能のある「ANC (Active Noise Cencellation)」タイプと、ノイズキャンセル機能なしの「PNC(Passive Noise Cencellation)」に分かれます。 

 ノイズキャンセル機能というのは最近のオーディオヘッドフォンでもよく使われる技術ですが、簡単に言えば外部の騒音をマイクで広い、その騒音と同じ周波数の信号を人工的発生させることによってノイズをかき消す機能のことです。 主に乾電池を電源として用います。 

 ノイズキャンセル機能付きのヘッドセットで有名なものはいくつかありますが、多くのパイロットから世界的に高い評価を受けているのが下のBose A20ヘッドセットです。 価格は日本だとなんと約14万円! 航空関係用品はなんでも高価です。 僕もメディバックパイロットとしてキングエアを飛ばしていた時にこのヘッドセットを購入しました。 このヘッドセットは比較的軽く、頭を押さえつけるクランピング力もほどよく、ノイズ軽減機能が恐らく現在売られている耳を覆うヘッドフォンタイプのヘッドセットの中では最も優れていると思います。 1日何時間も飛ぶパイロットの場合、コクピットでの風切り音やエンジンからのノイズを聞いているだけで体力を消耗します。 このヘッドセットを購入した前と後ではフライト後の疲れが全然違ったのをよく覚えています。 エンジン音などの騒音を長い間聞くと聴力低下にも繋がり、難聴になる可能性も高まりますので、自分の体・健康への投資として購入する人も多いです。 高価ですがそれだけの価値があるツールです。 将来プロを目指す方やホビーパイロットとして長くフライトを楽しみたい方にはおすすめします。


(写真上:Bose A20 Boseウェブサイトより引用)


 一方、ノイズ軽減機能がないものは下のようなものが有名です。 デビッド・クラークという会社が作っているもので、北米でフライトトレーニングをした人であれば一度はこいつを頭に載せたことがあるはず(笑)。 これは頭を挟む力とイヤーカップの密着により外からの騒音を遮断するPassive Noise Cancellationと呼ばれるものです。 無線やインターフォンでの会話をするには問題ありませんが、主にエンジンからの低い周波数のノイズをかき消すことはできません。 比較的安価(それでも数万円します)なため、初めてのヘッドセットとしてこれを購入する方も多いです。 ホビーパイロットで1回のフライトが1~2時間という方で、予算が限られてるのであればこれでも充分だと思います。


(写真上: David Clark H10-13  David Clark Company ウェブサイトより引用)

 だいたいのフライトスクールでは無償、または少額でこのタイプのヘッドセットを訓練生に貸し出しています。 ですので、費用を抑えたい方はそういったレンタルヘッドセットで良いと思いますが、多くの訓練生が使いまわしますし、僕の知っている限り、レンタルヘッドセットは結構手荒く扱われたり、綺麗に掃除されたりすることはあまりないので、衛生的とはいえません(笑)。

 今まで僕が乗務してきた飛行機で飛んだルートは多くが1フライトだいたい1時間から2時間くらいのものが多く、フライト中はずっと上記のようなヘッドセットを頭に載っけていました。 フライト中はインターカムを通して隣に座っているパイロットと会話をします。 インターカムはマイクに向かって何かを言うと自動的に音声を拾ってくれ、イヤホンから声が聞こえます。 このおかげでエンジン音や風切り音などでうるさいコクピット内でも声を荒げたりしなくても会話が可能となります。 

 ところが! 今乗務しているボーイング767型機は古い機体でもあるため、コクピット内の会話はインターカムを通さずに肉声で行います。 唯一インターカムを使えるのは原則的に酸素マスクを使った緊急事態の時のみです。(マスクにはマイクが付いていて、緊急時はそのマイクが音声を拾い、コクピット内両側にあるスピーカーをONにして隣席のパイロットと会話をします) これがなかなか大変なのです。 英語が母語でない僕の場合、英語を理解するにはある程度クリアに音が聞こえる必要があります。 フライト中の機内サービスでFAさんが言っていることが騒音のため聞き取りにくかったり、聞き返さざるを得なかったりしたことはみなさんないですか? フライト中の僕はまさにそんな感じで、隣にいる機長の言っていることを理解するのが難しいことが時々あり、それはほとんどの場合は騒音によるものです。 また、人によってはぼそぼそ〜っと話す人がいたり、ものすごい低音の効いた声の人がいたり、アクセントが強い人がいたりと様々で、そういった要因によって英語が聞き辛いこともあります。

 聞き辛いんだったらノイズキャンセルヘッドセットを使えばいいじゃない?と思われる方もいるでしょう。 それが難しいのです。 隣の人と肉声で話をするにはヘッドフォンを両耳にはめるわけにはいきません。 そのため、片耳のみをカバーし、もう片耳はヘッドフォンをずらして装着するというおかしなスタイルになります。 また、片耳のみのノイズキャンセル機能をON/OFFすることはできませんし、ONにして片耳のみノイズキャンセルを使うと、ノイズを拾っている反対側の耳のと聞こえ方の差があまりにも大きくなり、かなり気持ちが悪いのです。 

 そこで僕にうってつけと思われるヘッドセットがこれまたボーズから発売されることになりました。 その名も「Bose Proflight」。


(写真上: Bose Proflight   Bose websiteより引用)

 これまた高額なヘッドセットで、約1,000USD。 日本円にしてざっと11万円というところでしょうか。 このヘッドセットの良いところは耳栓(earbud)タイプで、片耳のみに入れることができること。 また、Tap Controlという機能があり、両耳にearbudsを入れてノイズキャンセル機能をONにしていても、片方の耳をダブルタップするとその耳のみノイズキャンセル機能が最小レベルになり、イヤホンを外さなくても外部の音がしっかり聞こえるといういうものです。 つまり、僕のように767に乗務するパイロットはこいつをつけて、両耳にイヤホンは装着しているけれども片方の耳だけはTap Controlでノイズキャンセル機能を最低レベルにしておけば隣のパイロットの声もしっかり聞こえるというわけ。 これぞまさに僕が求めていたヘッドセットだ〜!と意気込み、プリオーダー開始当日に即注文。 約10日ほどして手元のヘッドセットが届きました。

 箱を開けるとなかなか高級な雰囲気でさすがボーズだな〜と思わせる仕上がりぶり。 早速開けて装着してみました。


「あれ?」


これが第一印象。 頭に載せるタイプではありますが、ちょうど耳の上あたりにL字型のパッドがあり、それと頭頂部のバンドでヘッドセットを頭に固定するデザインで、ウェブサイトや著名YouTuberのパイロットのレビューでは


「軽いしフィット感もよくて超快適でサイコ〜」


みたいに言っていたのに、僕の頭にはあまりうまくフィットしません。 もしかして、黄色人種の頭には合わない形なのか?!とも思いましたが、いろいろやってみてもやっぱりなんだか不安定で、ぜんぜんしっくりきません。 う〜ん。 おかしい。 これが第一印象でした。

 それはさておき、要であるノイズキャンセル機能とTap Controlの凄さやいかに!?と意気込んで乾電池を入れ、早速電源ON!

 さすがはボーズ。 ノイズキャンセルはなかなか悪くありません。 今まで使ってきたA20に比べればボーズが公表しているとおりノイズキャンセル能力はやや低いようにも感じますが、それほど悪くないです。 

 ですが、問題はearbuds。 イヤホンです。 
(写真上:Bose StayHear イヤーチップ Boseウェブサイトより引用)

 Boseのコンシューマー向けイヤホンなどにも使われているStayHearというシリコン製のイヤーチップなのですが、これが僕の耳にはなかなか合いませんでした。 S・M・Lと3種類のサイズが同梱されているのですが、どれもあいません。 う〜ん、おかしい・・・。 

 じゃ〜、じゃ〜、やっぱりTap Controlはすごいんでしょ〜?と意気込んで片耳をタップしてみます。 


「ん?」


「あれ?」


 なんどタップしてもON/OFFができません。 おかしいな〜と思いきや、デフォルトでは機能がOFFになっていたので、それをONにしなければいけませんでした(笑)。 

 そして再度トライ。 


「う〜ん・・・・・汗」


 っというのが第一印象。 たしかに片耳だけノイズキャンセル機能をオフにできました。 とあるYouTuberが言っていたとおり、片耳だけオフにすると、補聴器をつけているような感じでマイクが周囲の音を拾っているようで、その音をOFFにしている耳に流すことで擬似的に片耳のイヤーチップを外して会話しているかのような感じになります。 へ〜、面白いなぁという印象もうけました。

 なにはともあれ、一度コクピットで使ってみなければ始まらない!と思い、次のフライトにはこのBose Proflightを持って行きました。 フライト前の準備が終わり、ProFlightを取り出してプラグを接続。 早速使ってみました。

 感想ですが、これは個人的な感想です。 みなさんが同じ印象を受けるとは限りませんので悪しからず。

 結論を言うと、僕はこのヘッドセット、好きにはなれませんでした。 理由は以下の通り:

・フィット感が悪い。 ヘッドバンドを伸ばすことができるのですが、伸ばせる幅が狭く、耳の真上まで届きません。 そのため、頭の上にちょこんと乗っかっている印象で、安定性が極めて悪い。

・本体そのものは軽いのですが、コードが比較的太く、コードの重さで下に引っ張られます。 コードを体に固定するためのクリップが2つ同梱されていますが、それはかなり面倒臭い。

・マイクを使わないときや食事を摂ったり飲み物を飲んだりするときに上に跳ね上げるのですが、本体の固定力が弱いので、片手でマイクのみを上にあげることができない。 そのため、片手でヘッドセットが動かないようにホールドし、もう片方の手でマイクを跳ね上げることになり、二度手間

・StayHearのフィット感が悪い

・同梱のキャリングケースへのヘッドセットの収まりが悪い。 高級感のあるケースで僕は好きだったのですが、ヘッドセットをケース内で固定する力が弱く、しかもコードをぐるぐると一定方向に巻くように推奨されているのですが、それも結構面倒くさい。 フライト後、なるべく早くコクピットを出たいのに、膝の上でケースを開き、コードをまっすぐにしてから巻き直してケースに収めるという作業は結構時間を取るのでよろしくない。

・Tap Controlは前述のとおりマイクで周囲の音を拾っている(と思われる)ため、エンジンを一旦始動するとそのエンジン音まで拾ってしまい、フライト中はほとんど使い物にならない

・ノイズキャンセル機能には3レベルあり、High Mid Lowとあるのですが、Lowは使い物にならない。 むしろ、Lowを選ぶと耳に入ってくるノイズの量が増えてしまい、意味不明。

 以上の理由により、残念ながら今回のProflightは返品となりました。 幸い、30日間お試しできる製品なので、30日以内に気に入らない場合には理由を問わず返品が可能です。 返送料もBose負担で良心的。 返品後、1週間ほどで全額返金されました。

 僕はBoseの製品が好きです。 A20ヘッドセットは逸品で、他のノイズキャンセルヘッドセットよりも一歩も二歩も先を行っていると思っています。 見た目もいいし、高級感もある。 所有欲を満足させる点もボーズならでは。 ところが、今回の製品は僕的には駄作と言わざるを得ないもので、この製品に1000ドル以上もかける価値はないと判断しました。 Tap Controlにはかなり期待を寄せていただけに残念な結果となりました。 僕が開発に関われていたのであればきっともっと良い製品になっていたと思うのに(笑)。 ボーズさん、ぜひ次回の製品開発の際にはお手伝いさせてください(笑)。

 で、僕の理想のヘッドセット探しの旅は再びふりだしに戻りました。 そもそも、うちの会社の767にはコクピット内に会社支給のヘッドセットが備え付けられてはいるのです。 それがこちら。



(写真上:Plantronics MS50/T30-2  Plantronicsウェブサイトより引用

 これは民間航空会社では比較的よく使われる片耳タイプのヘッドセットで、四角い箱がアンプユニットになっているようです。 そこにピンク色のイヤーチップをチューブ接続するというなんとも古典的な製品です(笑)。 パイロットは各自自分用のイヤーチップのみを持参します(これも会社支給)。 ヘッドセット本体はコクピット内においてあるので、各自で持ち歩く必要はありません。 だいたいうちの会社の767パイロットの半数ちょっとがこのヘッドセットを使っていて、残りの半分は自分用のヘッドセット(Boseだったり、他のだったり)を持参しているように見受けられます。 

 このヘッドセットとピンクのイヤーチップの組み合わせ、最悪です(笑)。 僕も乗務を始めた頃はこれを使っていたのですが、以前のノイズキャンセル機能付きヘッドセットの快適性からこいつに移行したときにはものすごいカルチャーショックを受けました。 不満な点を挙げると:

・イヤーチップが耳に合わない
・外からのノイズがもろ聞こえる
・マイクが短いので、ほっぺたくらいまでしか届かない
・音質最悪
・他人とシェアするのがちょっとキモい(笑)

 などです。 ですから、今まではA20を持参していたのですが、片耳のみをカバーするのにA20はちょっと大げさな気がするので、片耳のみで安心して使え、フィット感もよく、騒音遮音能力の高いヘッドセットをずっと探していました。

 そしてたどり着いたのがこちら。


 カスタムイヤーモールドです。 最近では多くのミュージシャンが演奏中に耳にイヤホンをしているのを見かけると思いますが、あれと同じような感じです。 耳鼻科にて型を取ってもらってシリコン製のイヤーピースを作成してもらいました。 費用は1万円ほど。 型を取ってから出来上がりまでには1週間弱かかりました。 耳鼻科の先生に型を取ってもらうと、

「あなたの外耳道は一般的な人の耳よりもカーブがつよい

 と言われました。 そのため、音が聞きづらかったり、一般的なイヤーピースでは音がうまく耳の奥まで伝わっていない可能性があるとも言われました。 なるほど、それだから会社支給のイヤーピースでは聞き辛かったのかもしれません。 納得

 このカスタムメイドのイヤーピースですが、最高です。 会社支給のコクピット備え付けヘッドセットをしっかりと毎回消毒し、それからアンプ部に装着して使っています。 耳に超ぴったりフィット(カスタムメイドなので当たり前ですが)なので、外部の騒音もかなり遮音できますし、長い間装着していても痛みは皆無。 今後はA20を持ち歩かなくても良いのでフライトバックも軽くなります。 しかもBose Proflightの10分の1のお値段。 最初からこれにしておけばよかったとも思います。 唯一気になるのはやはり他のパイロットとヘッドセット本体を共有すること。 脂ぎったおっちゃんとかが使ったヘッドセットを自分の肌に触れさせるのには抵抗があります(笑)。 毎回消毒ティッシュでかなり念入りに掃除をしてから装着するようにはしていますが、やっぱりイメージ的にちょっと(苦笑)。 いずれは自分用のヘッドセット部分も購入しても良いかな〜とも思います。

 ちなみに、大西洋上を飛んでいる間(3〜4時間程度)は原則誰とも無線会話をしないため、その間はヘッドセットを外しています。 


 以上、長くなりましたがヘッドセットに関する雑談でした。 僕はモノに対するこだわりが他の人よりも強い傾向にあるため、なにかを買うときにはかなり下調べをします。 それが楽しいというのももちろんあるのですが、そういうのを気にせず楽に生きていけたらいいなと思うことも少なくありません(笑)。


(つづく)


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